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人はこうやって壊れていくのか。

兵士は戦場で何を見たのか
『帰還兵はなぜ自殺するのか』という本がある。
ピュリツァー賞経歴を持つジャーナリスト、デイヴィッド・フィンケルが、戦争後遺症に苦しむイラクから帰還した米軍兵士とその家族を追ったノンフィクションで、戦争をするということ、戦地に赴くということはどういうことなのか改めて考えずにはいられない傑作だ。

その同じ著者が書き、同じ翻訳者が訳し、同じ出版社から翻訳出版されたのが本書で、原題は“The Good Soldiers”という。
邦訳版は『帰還兵…』の方が先に出版されたが、原書は『帰還兵…』よりも先の2009年に発表されている。

2007年、カウズラリッチ中佐が率いた第16連隊第2大隊が、イラクに派兵されることになったとき、同隊に同行して丹念に取材した従軍記だ。

だが、本書には一切、取材しているはずの「私」が登場しない。
訳者のあとがきによれば、1人称を使わず、あたかも小説のように描くこういった書き方を「イマージョン・ジャーナリズム」というのだそうだ。
聞き役の「私」が仲介しない分、取材対象となった証言者たちの声がダイレクトに読者の耳に届き、臨場感がある。


戦地に赴く前に兵士たちは冊子を広げて書き入れる。
「不測の事態のための手引き」と名付けられたその冊子には、幾つかの質問項目がある。

Q土葬か火葬か
Q墓地の場所は
Q棺に入れて欲しい私物は
Q墓石のタイプは
Q朗読して欲しい聖書の一節は
Q演奏して欲しい音楽は

こうした質問に答えたからには、覚悟はできたものとされる。
だが、二十歳になるかならないかという若者たちにとって、こうした話題は全くといっていいほど、現実味を帯びていない。

出発前、彼らは教えられていた。
彼の地で一番の脅威とされているのが、道ばたに仕掛けられたIEDと呼ばれる手製爆弾なのだと。
このIED、ゴミの中に隠されていることが多いというのだが、その話を聞いたときにはそれほど驚異だとは思わなかった。
だが彼の地で目にしたのはあちこちから煙のあがるゴミに埋もれた大地。
こんな中で問題の「ゴミ」を見つけることなどできるのだろうか?
不安と緊張感が一気に増す。

やがてその不安は現実のものとなり、一人、また一人と負傷者が出て、命を落とす者もいる。
さっきまで話をしていたのに。
腕を足を失ったのは自分だったかもしれないのに。
呆然としながらも目の前で繰り広げられる惨状を、兵士たちは頭と心にくっきりと記録していく。

こうして後遺障害に苦しんでいたあの帰還兵が、いったいどんな体験をしていたのかということを、読者は知ることになるのだ。

正直に言うならばこれは、『帰還兵…』よりもさらに読み進めるのがつらい本だ。
けれども、だからこそ、多くの人に手にとってもらいたい本でもある。


あるとき彼らは、汚水槽の中に埋もれている汚物にまみれた遺体をどう処理するべきかという問題に直面する。
あちこちにあたってみるも片付けを引き受ける業者もいない。
何度ものぞいてみては、そのたびにまた蓋をする。
これがもし米軍兵士の遺体だったならば、たとえ自分たちが汚物にまみれてもなんとしてでも引き上げようと思うかもしれないが、遺体はもちろんイラク人だ。

死んでいった仲間の数はもちろん、一人一人の名前もその最後の様子も忘れたくても忘れられないほど克明に記憶に刻みつけていく兵士たちだが、その一方で自分たちが殺したイラク人については名前はもちろん顔も正確な人数さえも曖昧だ。

あたかも命の値にも違いがあるとでもいうように。

もっとも別の見方をすれば、大切にされているはずの米軍兵士たちの命もまた、使い捨てられているように思えもするのだが。

克明に描き出された“現実”とともに、所々に垣間見られるあれこれから想像できるはっきりと描かれなかった物語の別の側面もまた、心にずしりと響いてくる。
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  • 掲載日:2017/09/04
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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2017-09-04 05:49

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