弟が失踪した。
彼の妻・楓は、明るくしたたかで魅力的な女性だった。
楓は夫の失踪の原因を探るため、資産家である弟の家族に近づく。
兄である伯朗は楓に頼まれ協力するが、時が経てば経つほど、彼女に惹かれていく。
という簡単なあらすじだけ見れば、どちらかと言えば恋愛に重きを置いたラブサスペンスだと勘違いする人もいるかもしれない。
けれどこれは、れっきとしたミステリー。
主人公である伯郎が少々(どころではないかもしれないが)惚れっぽいことを除けば、展開も登場人物達もいつもの東野ミステリーと遜色ない。
が、ネットなどで見る本書の評価は非常に低く、私なんかは首を捻りたくなるのだ。
確かに、これは直木賞受賞後に東野圭吾を読み始めた方には不評だろうと思われる。
直木賞の候補に選ばれては跳ね返され、ついには「今回ダメなら、もういらん」と言いつつ臨んだ『容疑者Xの献身』で受賞するまで、何度「人物が薄っぺらい」との選評に傷付けられてきたことか(たぶん東野さんは傷付いていたはず)。
それが悔しくて、トリック重視から人物描写に重きを置いた作風にシフトチェンジしていったように思えて寂しかった。
それはそれで素晴らしい作品をたくさん生み出しているのだから凄いことなのだが、ちょっと寂しさも感じたり。
東野さんの作品で泣きたいわけじゃないんだよ。
「んなアホな」という程のガチガチのトリックで驚かせてほしいんだよ。
読んだ後、「凄かった」って言って笑いたいんだよ。
そんな風に感じていた東野圭吾ファンである私は、凄く楽しめた本書。、
魅力的な義弟の妻がカーリーヘアだったり、主人公の伯郎がとにかく子供っぽい性格でツッコミどころ満載な中、遺産相続と義弟の失踪、十数年前の伯郎の母親の死の謎なんかを絡めながら、物語は予想もしない結末へ。
横溝正史ばりの、相続に目の色を変える有象無象(そこまでではないけど)もわんさか登場し、物語に華を添えてくれるが、最後は東野さんお得意の理系分野で締めくくるという難い演出も見逃せない。
ただ、やっぱりわかりやすく魅力的な人物が少ないのも事実(読み込めばカーリーヘアの彼女だって、とても魅力的なのだが)。
これを楽しめない人が多いのもよくわかる。
でもね、私はこういうのもたまには書いて欲しいって思っている。
初期の作品は人物描写が甘いかもしれない。
でも今より冒険をしていたし、「売れたい」という気持ちが強かった分、実験的な作品も多かった。
そんな野心を内包したギラギラした部分はソフトになっているけれど、私の好きな東野圭吾はこんな感じの本を書く人だったはず。
「売れる本を書く」より「書きたい話を書く」スタンスに戻ってくれないだろうか。
「シリーズ物は嫌い」って言ってた東野圭吾が、私は好きだ。
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