19世紀のイギリスのヴィクトリア朝時代を中心とする英語圏の幽霊譚と言われると、もうけっこう読んだのではないかとうぬぼれていましたが、どっこい底が見えるのはまだまだ先だということを痛感するアンソロジーです。まず、13人の作家による13篇が収録されているのですが、うち12篇が本邦初訳というのに驚かされます。また、作家のうち9名が女性というのも、この時代の女性の活発な社会進出ということを感じさせます。さらに、本邦初紹介作家が5人というのにも驚かされました。要するに、とても意欲的なアンソロジーなのです。編訳者の夏来健次にまずは敬意を払いましょう。
例によって、特に印象的な作品を紹介します。題名の後の()内は、作者名・生没年・初出年です。作者名の後ろの*は、本邦初紹介作家となります。
●『ザント夫人と幽霊』(ウィルキー・コリンズ、1824-1889、1885年)
ミステリーの古典と呼ぶにふさわしい『月長石』(1868年)の作者による幽霊譚で、本書唯一の既訳作品です。ちくま文庫版『乱歩が選んだベストホラー』にその既訳が収録されており、私も読んでいました。
「この物語は、肉体を失った霊魂が地上に戻ってくる様子を描き、読書諸賢の認識を新たな地平へと導くものである」
こんな出だしで始まる、本作はロンドン中央部にあるケンジントン・ガーデンを、寡夫となったレイバーンという名の中年男性が一人娘ルーシーと一緒に散策中、ルーシーがおかしな女性に会って「怖い」と言ってくる場面から始まります。ルーシーによると「そのひと、わたしが見えてないみたいだったの」と言うので、レイバーンも娘とその女性の様子を見に行きます。その若い女性は喪服をまとっており、「病気で消耗していることがすぐに見て取れた」上、レイバーンに「奇妙な印象」を与えます。「その(女性の)表情は彼女にレイバーン氏のことが見えておらず、その声も聞こえていないことを雄弁に語っていた」からです。女性が普通の状態でないことは明らかで、「世話人なしに外出することなそ、許されるものではない」と判断したレイバーンは、「彼女の知人と話をしなければと決意した」のです。
普通の幽霊譚では、他の人には見えないものが見えるものなのですが、自分の周囲の人間が見えなくなるという未亡人の設定が変わっています。『月長石』の印象が強いコリンズなのですが、怪奇小説にも印象的な作品が少なくなく、本作もその一つです。また、解説によると「タイトルに『幽霊』とありながら本文では一度もその語が使われていないのもユニーク」とあります。理由はよく分からないのですが、登場するのは「幽霊」というよりも「霊魂」と呼ぶのがふさわしいものです。実は『ゴースト/ニューヨークの幻』を連想させる内容なのですが、もちろん、本作の方がずっと古いです。
●『C―ストリートの旅籠』(ダイナ・マリア・クレイク*、1826-1887、1856年)
解説には「おもに児童向け読み物で力を揮ったが、少ないながら短篇怪奇小説も著した」とあります。
本作は、「わたし」がある老婦人から、昔経験した幽霊譚を聞くというスタイルを採っています。その幽霊のおかげで、誰も責められない状況ではありましたが、彼女が相思相愛の初恋の男性と結婚できなかった悲しい顛末が語られています。怪奇小説とは思えないラスト一行が印象的です。
●『シャーロット・クレイの幽霊』(フローレンス・マリヤット*、1833-1899、1879年)
解説によると「小説家・劇作家・歌手・女優・学校経営と多才さを発揮した」女性だったようです。この拙文の冒頭で、本書は「この時代の女性の活発な社会進出ということを感じさせます」と書きましたが、その代表格の一人だったのでしょう。
本作は、出版社社長の独身男性ブラゲットが、自社の利益のこともあったのでしょうが、独身の人気女性作家シャーロット・クレイに気を持たせる言動を行っているうちに、相手がすっかりその気になってしまうものの、ブラゲットはそこまでの気はなく、別の女性と結婚する途を選ぶのですが...という話です。次の文章は、この時代の(そしておそらく現代の)男性の一般的な見方ではないでしょうか。
「世の淑女には本物の淑女と世慣れた淑女がいる。本物の淑女は控えめで、男たちから秘かに求愛されるのを待つのみだが、世慣れた淑女は求愛されるよりは求愛するほうで、ときには傷つき逃げ惑う男たちを追いかけ、あるいは男たちの扉口で蛸のように待ち伏せ、隙あらばあらゆる方角から獲物へと触手をのばす機会を窺いさえする。
そして、シャーロット・クレイ嬢は明らかに後者に属する淑女だ」
●『ハートフォード・オドンネルの凶兆』(シャーロット・リデル、1832-1906、1867年)
アイルランド生まれの女性作家です。本作は、アイルランドに伝わる、人の死を予告する泣き声若しくは叫び声をあげるバンシーという妖精を題材にしたものです。しかし、このバンシー、「厳密には幽霊ではないが趣は紛れもなく幽霊譚」と解説に書いてある通りの存在で、不気味なこと、この上ありません。それ以上に不気味なのが、主人公のアイルランド人の外科医、ハートフォード・オドンネルです。実は、クロロホルムが普及する前が時代背景となっていて、麻酔なしの時代に、前途有望な若手外科医と見なされていたという設定なのです。彼が、他人には聞こえないバンシーの声を聞くわけですが、果たして、死ぬのは誰なのか、外科医として優秀な主人公は冷酷な人物なのか、という興味で引っ張っていく作品です。
●『降霊会の部屋にて』(レティス・ガルブレイス、1859-1932、1893年)
長年、正体不明の作家だったそうで、近年になって、リジー・スーザン・ギブスンというイングランド北部ヨークシャー出身の女性だと判明したそうです。降霊会に、出生のために、主人公が昔手にかけた女性の霊が現れるという典型的なオカルト趣味の幽霊譚なのですが、そのことを知った主人公の妻の採る行動、さらに主人公に強いる行動が、現在の視点では、かえって新鮮に見えるのが不思議な話です。
●『黒壇の額縁』(イーディス・ネズビット、1858-1924、1891年)
「『いったいそれくらい経つだろうか?』と問いかけた。『あなたを失ってから』
彼女はわたしの後頭部にまわして組み合わせている両手に体重をかけ、体を傾けて顔を少し話した。
『どれくらい経つかなんてわたしにわかるはずがある?地獄には事案などないのよ』というのが彼女の返答だった」
典型的な絵画階段ですが、何世代か後に生まれ変わるはずぼ恋する男性と再会するために、悪魔に魂を売り、絵画の中に二人の肖像画とともに封じてもらった女性の話です。再会した男性も、何のためらいもなく、女性と共に地獄に落ちようとするのですが..。
●『事実を、事実のすべてを、なによりも真実を』(ローダ・ブロートン、1840-1920、1868年)
「ロンドンで最も有名な幽霊屋敷と言われるバークレー・スクエア50番地に現今も実在する建物をモデル」とした話だそうです。内容は、見てはいけない「あれ」を見てしまった者たちの話なのですが、二人の女性による往復書簡というスタイルを採用しているのが、とてもユニークな作品です。
●『令嬢キティー』(ウォルター・ベサント*、1836-1901:ジェイムズ・ライス*、1843-1882:1837年)
二人の作家による共作です。12の長篇と数多くの短篇を残しているそうです。-小生意気だけと、とても美しい少女の幽霊の「お相手」をする羽目になった主人公が、その結果、幸せな人生を歩むことになるという楽しいお話です。
これらの作品からベストを選ぶ位となると難しいのですが、そのユニークなスタイルを買って『事実を、事実のすべてを、なによりも真実を』にしておきます。その他の作品は、題名、作者の生没年、初出年のみ紹介するにとどめますが、これらとてみな一定水準のものばかりであることは強調しておきます。
・『ウェラム・スクエア11番地』(エドワード・マーシー*、1857-1932、1885年)
・『ファージング館の出来事』(トマス・ウィルキンスン*、1830-1915、1864年)
・『女優の最後の舞台』(メアリ・エリザベス・ブラッドン、1835-1915、1876年)
・『揺らめく裳裾』(メアリ・ルイーザ・モールズワース、1839-1921、1887年)
・『臨牀(りんしょう)の患者』(ルイーザ・ボールドウィン、1845-1925、1895年)
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