1997年から翌年にかけて、性的虐待、墓地での悪魔的儀式といった一連の事件が発生する。
捜査の結果、ある少年の証言を契機に何人もの親たちが加害者として告発され、家庭が崩壊してゆく……。
しかし、なぜこの事件の「事実」を語るのが子どもたちばかりなのか?
20年を経て著者が追及して初めて明らかになった、心理学の空隙を突く悲劇的な真相とは……!?
私がこの世で一番忌み嫌う犯罪は児童虐待と児童に性的虐待を行う犯罪だ。
本書は1990年代末に北イタリアの一地方であるバッサ・モデネーゼでいくつもの家庭を巻き込んだ児童性的虐待の事件の経過と顛末を記録した本だ。
驚くことに児童に性的虐待を行っていたのは、その両親や親戚、兄弟たちだった。
ひとりの子どもの証言が周りの大人達を犯罪者へと叩き落していき、子ども達は両親などから引き離されて養子に出された。
そして、その子どもに倣うように証言は他の子ども達へと伝染していく。
そこにはある一人のソーシャルワーカーの影響があった。
て、ここで終われば万事めでたしめでたしとなるのだけれど、事件には続きがあって。。。
まず医師の診断
・なにをされても平然としていて、いっさい抵抗を示さない。
マッジョーニ医師の見解によれば、これは重い虐待を受けたことのある児童に特有の振る舞いだった。
私は経験ないからわからなかったけどそうなんだね。。。考えてみれば無抵抗であれば酷いことはされなさそうではあるけど。。。
と、考えながら読み進めていくと。。。ちょっと待って!!それって警察の尋問と同じじゃない?
繰り返し同じ質問を何度も何度も聞いたり虐待された記憶のない子どもに誘導するような質問の仕方をしたり。。。
そうするとどうなるかというと
・これはいわゆる「虚偽記憶」という現象である。
て、ことが起こる。そして原則として
・あたかも子どもの証言は、それがどのような手段で収集されたものであれ、つねにどんな場合でも、真実として扱われなければいけないと言うかのごとくに。
それはちょっと違わない?どのような手段って前提が間違ってると思う。
だけど
・子どもがなにも言わないのは、なにも起きていないからだという可能性である
これには賛成した。ないものはないって子どもは素直に言えるもんね。
・精神医学者いわく「ある出来事にかんする未成年の証言が、外部からの圧力や暗示によって、ゆがめられていないかどうかを判定する。それがすべてです。」また法心理学者は「カウンセラーは中立的な存在でなければならないのです。本件においてカウンセラーはけっして中立ではありませんでした。」
結論として「バッサ・モデネーゼ」の悪魔とは子どもたちの両親や親戚、兄弟ではなく一人の暴走したカウンセラーだったんだなと思いました。
権力や地位を欲しがる人は利用出来るものは何でも利用するんですね。。。
ちなみに問題のソーシャルワーカーは辞めたとのことです。
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