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東日本大震災を題材にして先入観と偏見をあぶり出す。

  • レビュアー: さん
  • 本が好き!免許皆伝
氷柱の声
とてつもない作品に当たりました。先行書評に感謝です。
なぜこの作品が芥川賞受賞とならなかったのか不思議です。
非常に理知的で、詩のような切れ味の鋭さがあるのに、
とても読みやすい作品です。

読んでいて、うわーっと声を上げたくなる場面が何度もありました。
Amazonの書評で、全否定の酷評があることにも納得です。
酷評の人は、まだ受け止められないということなのです。
それくらい強いメッセージ性があります。
全九篇の連作です。119ページしかないので、一話は短いです。
だからとても伝わりやすいのです。

第一章、滝の絵(2011)。
盛岡の高校で美術部に所属する私が、大きな滝の絵を描いています。
私の名前は伊智花。主人公です。
去年のコンクールでは北上川を描いて優秀賞でした。
二年生のいま描き始め、応募時期が三年生の前半となる次が勝負です。
写実的な作風で、八幡平にある滝のほとばしりを丁寧に描きこんでいきます。

2011年3月11日。東日本大震災。
伊智花は盛岡の自宅にいました。大きく揺れました。
停電。断水。日常がすべて止まりました。
徐々に復旧し、TVがついて初めて被害の大きさを知ります。
いろいろなことが伊智花に押しよせてきます。

四月末。ようやく新学期が始まります。
伊智花が滝の絵を描き進めているときに、ある企画から出展依頼が来ていると
顧問が言いました。パンフレットにこんなことが書いてありました。

絵画で被災地に届けよう、絆のメッセージ

いろいろと考え、伊智花はニセアカシアの白い花が降る絵を描きます。
「顔をあげて」という題名にして、見上げる構図にしました。
この作品は、展覧会作品集の表紙に採用されるほど好評でした。
しかし評判を呼んだ理由が、伊智花のこころからずれたきれいごとだったのです。

一か月間、伊智花は滝の絵の仕上げにかかります。
自分のすべてを注ぎ込んだ力作になりました。手ごたえがありました。
怒涛と名付けて出品します。
しかし、展覧会で最優秀となったのは伊智花の絵ではなく、
久しぶりに絵を描いたという技術的につたない作品でした。
それは震災という枠組みでとても分かりやすい題材だったのです。
伊智花の絵は、本人の思いもよらない悪い捉えかたをされたことが、
あとになってある人の言葉から分かったのです。

伊智花は盛岡にいて停電したくらいなのに、
被災者扱いで他人から期待されていることを感じ取りました。
もちろん、逆のメッセージもしかりです。
この作品のテーマは、こんな形で第一話にすべて現れています。

読んでいて気が付きました。
あの日、関東にいた多くの人は同じだと思うのです。
関東の輪番停電。忘れることはないでしょう。
被災者ではなくても、誰でも震災の影響はあり、
それぞれの思いをみんな持っているのです。

これは阪神淡路大震災も、西日本集中豪雨も、ありとあらゆる大災害が同じです。
東日本大震災は、東京のマスコミが巻きこまれたことと、
被害者の数が尋常ではないので取り上げられることが多いのですが、
取り上げられ方に違和感がある場合があります。理由はシンプルです。
すべての災害は、被害を受けた人それぞれに深い影響を及ぼすのです。
順位付けなんてできるはずがありません。

その災害に影響のなかった人が、外からの視点を持ち込むとどうなるか。
先入観。偏見。
相手のためと思ったつもりの言葉が、所詮は自己満足であるということ。
どの災害にも共通した理不尽さです。

この作品は、そんな人間の本質をしっかりと見つめています。
つい、あの日のことを思い出してしまいました。
関東にいた自分は、自分なりに災害の影響がありました。
だからこの作品に強く揺さぶられたのです。

善意の押しつけ、都合のいい解釈。うんざりです。
結局人間は、自分のものさしで他人を見てしまうという現実を見せつけられ、
とてもつらい気持ちになったのでした。

もう一度言います。すごい作品です。
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  • 掲載日:2021/08/20
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この書評へのコメント

  1. ことなみ2021-08-20 23:28

    書評で涙腺崩壊です。読書会のようですね。
    読みます。
    実は夫に付いて行って岩手に四年いました。何番目かの故郷です。

  2. たけぞう2021-08-21 01:16

    >ことなみさん
    先行書評に深く感謝です。岩手の思い出があるのなら、普通の人よりきっと深く響くことでしょう。どうぞ、よい旅を。

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