人間は群れを作りたがるし、群れに入りたがる。どこかの群れの一員となるためには「みんなと同じであること」が求められる。ほとんどの人はそれに応じることができるが、できない人もいる。自分では普通だと思っているのに、群れはその人を「空気が読めない」とか「感覚がおかしい」と言って排除する。群れの一員が、大多数と違う意見を持つ時もある。だが、声高に違和感を唱えることはしない。群れに迎合できない人間が徹底的に排除されてゆく様子を描いたカミュの小説『異邦人』のように、自分に正直に生きすぎると酷い結末が待っているからだ。
死んでいた小鳥を「焼き鳥にして食べよう」と言ったらギョッとされるのに、小鳥のお墓に供えるためにその辺の花を引きちぎって殺すのは良いらしい。小さい頃に自分の感覚が普通ではないことを悟り、なるべく人と交わらず目立たないよう生きてきた恵子が、「コンビニ人間」として生まれ変わったのは大学一年生の春。コンビニのマニュアルに従って行動すれば、普通のヒトとして扱ってもらえる。それどころか褒めてもらえる。恵子が“世界の正常な部品”になれるのは、コンビニの店内にいる時だけだ。
普通じゃない人から見た普通の人の生態が、とてもコミカルに描かれている。恵子が世間との感覚の相違を「いちいち驚かれたり詮索されたり、面倒だし疲れるから合わせたふりをしておこう」と思っている様子も可笑しい。普通度の高い読者には、悟りの境地に達したように悩まず悲しまない恵子がドライ過ぎて、いっそう異質に思える。でも、意見が合えば「そうよねー。」と言って安心しちゃう人々にも「それでいいのかなあ」と疑問を感じてしまう。
お前の常識は本当に正しいのか、自分が正しいと信じ込んでいるお前は、果たして普通のヒトなのか。その問いかけに、思わず「うっ!」と喉を詰まらせてしまうような小説である。価値観が揺らぎかけてきたところへ、すごくヘンテコだけど妙に胸に迫るラストシーンが襲いかかってくる。
人に迎合しないからこそ、常識に引きずられない強さを発揮できる。世間は「異邦人」を排除しようとするけれど、どこかに生きてゆく場所はあるのだ。その場所を力ずくで取り上げることは誰にも出来ないのだと、言われているような気がした。
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