以前に買ったままだったのを、次巻の「もののあはれ」と読み切った。
合わせると15の短編集となるので各あらすじはつけないが、
面白く感じたものをいくつか。
紙の動物園
中国語を話す母の折り紙で泣き止む「ぼく」から、話は始まる。
どうやら「ぼく」は混血児らしく、母は英語が話せない。
結縄
縄の結び目が文字の役割を果たすという一族が住む、小さな村。
アメリカ人の男がやってきて、その不思議な文字に興味を持つ。
心智五行
ペンダントのようなAIと共に、宇宙で遭難してしまった女性。
なんとか人が住む惑星に辿り着くも、文化レベルは低そうだった。
愛のアルゴリズム
玩具AIをデザインしたその女性は、心身共に疲労しているようだった。
AIのアルゴリズムと人間の会話に、差はあるのかと思い詰めていた。
以下次巻の話
どこかまったく別な場所でトナカイの大群が
既に「3次元」ではないらしい遥か未来の世界。
別れを前にして、古代人である母と旅行する娘。
波
不老不死を可能とした女性。
しかし夫はそれが叶わず、息子と娘は自身でそれを選択する。
1ビットのエラー
「天使を見た」という恋人を失った男。
信仰心の無い彼は、恋人と同じ神を見たいと思う。
SFと銘打ったストーリーたちは難解な哲学風味も含み、
また作者が中国生まれである所為か、アジアンチックでもある。
無国籍と称して、イタリアンもフレンチもアジアンも定番メニューも
置いてある居酒屋のようだ。それでいて美味い。
本を読んで、上田さんの
深紅の碑文をふと感じた。
話が似ているというワケではない。
SFは既に「空想」ではなく、結局はそれを使う人間に左右されるのだと
そう思わせるものがケン・リュウにもあったのだ。
学生の頃はSFが割と好きで、そこそこ読んだ。
宇宙や未来を舞台にしたそれは、いわばドラえもん的な
「あんなこといいな できたらいいな」が実現する夢の世界だった。
が、「あんなこと」の理論が近づいてきた所為か
SFはツッコミを受ける現実にもなりつつある。
SFにはスペキュレイティブ・フィクション (Speculative Fiction)という訳もある。
日本では思弁小説とも訳される。
科学に限らない、作者の思考世界観とでも言うと適当だろうか。
本書に移民や人種差別が織りなす背景があるのも、
中国生まれのケン・リュウならではの、未来のダーク面なのだろう。
科学は全てを解決してくれる訳ではない。
下手をすると暗黒面を助長するツールが、入り込むかもしれないのだ。
ドラえもんが明るい未来をくれる訳ではなく、
結局はのび太が道具をどう使うかなのだ。
「なんでも可能な」世界ではない、「科学で不可能な」世界。
あ、そう考えるとドラえもんってそういう話なんだ。
深い。←読後感がココ
この書評へのコメント