前作のエジプトに続いて、今回はペトラ遺跡観光中のポワロが出会ってしまった殺人事件の話です。
ナバテア人が作り上げた交易都市の遺跡ですが、遺跡よりも観光客の人間関係に注意が向いてしまうのはポワロの性だろうか。
だが「いいかい、彼女を殺してしまわなきゃいけないんだよ」という台詞を耳にすれば、ポワロでなくとも気にはなるだろう。
小説のシーンについて話していたのかもしれないが、どうしても血生臭い方向へと自分の考えが傾きがちなことにポワロは苦笑する。
だが真剣にその話をしていた兄妹は、小説ではなく自分たちの継母について論じていたのだった。
彼らの継母であるポイントン夫人は、すでに成人し結婚している長男のレノックスと妻のネイディーン、ギリシャ人のような整った容貌の次男レイモンドとそれとよく似た長女キャロル、まだ少女の末娘のジニーという家族を支配下に置いていた。
それは巨大な財布の紐を握っているという経済的なものだけでなく、兄弟が他人と交流するのを徹底的に禁じるという性格の悪い女だった。
そんな彼らを興味深く観察していたのが精神科医のジェラール博士であり、その話し相手となっていた若い女医サラーだった。
レイモンドの美貌に惹かれたサラーが他愛のない会話を楽しんでいたが、ポイントン夫人がそれを許すはずもなくレイモンドの態度はぎこちなさを通り越して内面の葛藤が透けて見えていた。
だがすでに成人しているにもかかわらず母親の支配から抜け出せない男を不思議に思うのは、サラーだけでなく嫁のネイディーンも同じだったのだ。
そんな一家の不自然な様子が詳しく語られていく。
ポイントン家の一行と一家の友人として遇されている男、それに二人の医者、代議士の女性とその取り巻きをしている女性、そしてポワロがたまたま同じキャンプにツアー客として参加していた。
珍しくも家族に散策を勧めてひとりキャンプで待っていたポイントン夫人が死んでいるのが発見される。
心臓麻痺かとも思われていたが、医者が持っていた劇薬が紛失していてポイントン夫人に注射痕があったことから殺人事件へと発展します。
さっそく探偵役を買って出たポワロが注目したのは、被害者となったポイントン夫人の心理だった。
他人を支配して自分の個性を強く印象付けようとする欲望が強かったが、孤立した家庭内の暴君でしかなく世間から見れば何物でもない老女。
被害者も容疑者となった家族たちも、ポワロの前にはその人間性をさらけ出すしかない。
事件はポワロの計画した通りの結末を迎えるが、五年後にカップルが二組も生まれて幸せに包まれたポイントン一家とポワロの邂逅シーンがエピローグとなっている。
できるならポワロの事件の被害者にも容疑者にもなりたくないものだ。
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