気軽に読める「解剖図鑑」シリーズ、今回のテーマはヴァイキングです。
8世紀から11世紀にかけてヨーロッパ各地で略奪、交易、植民を行っていた北方ゲルマン系の集団を「ヴァイキング」と呼ぶが、ノルマン人とも称され、またその出身地域によってノース人、デーン人、スヴェーア人と呼ばれることもあったそうだ。
793年のリンディスファーン修道院の襲撃に象徴されるように軍船を駆って他の船や町を襲撃する海賊行為がヴァイキングの活動というイメージが強いが、交易や植民といった経済活動にも携わっていたそうです。
ノルウェー沿岸部のフィヨルドやスカンディナヴィア半島南部、ユラン半島の平野部、そして北海からバルト海にかけての島嶼部に居住していたヴァイキングは、その土地の生産性が低いことから船で各地に出かけて行っては略奪して戦利品を故郷に持ち帰っていた。
また故郷に帰らず進出先に定住するものもいて、ヴァイキングの時代を特色づけていた。
ヴァイキングといえば船ですが、2~30メートルのロングシップと呼ばれる軍船は細長く喫水が浅く作られていて、風力とオールによる人力を動力として高速で動くことができた。
そして縦は短いが幅が広いカーゴシップは物資の輸送用で、交易や植民の際に用いられていた。
ヴァイキングの戦士は斧と槍を装備した歩兵が主戦力で、船では漕ぎ手に、陸では戦士となって戦い、機動力を生かして海沿いの町を襲撃し略奪、撤収と手早く行うのがヴァイキングの戦い方だ。
北欧神話の神々を信仰していたが、ノルウェーではオーディン、デンマークではソール、スウェーデンではフレイに関連する遺物が多いそうだ。
戦士たちは死後はヴァルハラに迎え入れられると信じていたため死を恐れることなく戦い、時には交易や傭兵稼業もしながら各地に広がっていったヴァイキングの生活を衣食住や言語、文学、宗教と詳しく見ていきます。
北欧神話の神々を信仰していたヴァイキングだったが、ヨーロッパに進出していくにつれキリスト教化していく。
デンマークのハーラル青歯王のように首長が改宗すると一気にキリスト教化が進んだようです。
それでも土着の信仰も残り、融合しながら独自の文化が形成されていくのは興味深い。
1066年のハーラル苛烈王によるイングランド遠征で王が戦死するという敗戦を最後にヴァイキングの大規模な襲撃は終わりを告げる。
『北欧神話解剖図鑑』と一緒に読むとより楽しめるかも。
この書評へのコメント