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コランとクロエ、シックとアリーズ、二組のカップルの恋の顛末。幻想的で現実には起こりえないような場面ばかりの小説である。

日々の泡 (新潮・現代世界の文学)
久々に「やりなおし世界文学」の一冊を手にしてみた。難解な反現実小説である。

主人公コランの親友シックが、哲学者パルトル(サルトルのもじり)の講演で知り合ったアリーズと言う女性と、コランが新しく雇った料理人二コラがそっくりであり、アリーズが二コラの姪であることがわかることから話が始まる。コランは働かなくても資産で食べて行ける身分、シックは技師で、その給料では足りず伯父に時々金を借りなければやっていけない。コランは時折シックを招待しては御馳走する。
コランは二コラの知り合いのイジス・ポントザヌの家でクロエと知り合い恋仲になる。そして結婚する。その時にシックにも配慮し、自分の資産10万ドゥブルゾン(この小説で使われる架空の通貨単位、スペイン金貨ドゥブロンをもじったもの)の四分の一をシックとアリーズの婚礼費用として贈与する。コランとクロエは二コラの運転する車で新婚旅行に行くが、目的地の南に辿り着かないうちにクロエは病気になり、旅行を切り上げて帰って来る。
クロエの病気は咳を伴うもので、片肺に睡蓮が成長するものだった。マンジュマンシュ医師の治療法は、周囲に花を置いてクロエの片肺に生えた睡蓮を脅かすと言うものだった。コランの資産は、シックに分け与えた金、自分の結婚式などの費用で3万5千ドゥブルゾンまで減ってしまった。その後、診察代と花代に残りも消えていく。クロエの病気は一度治ったが、片肺はダメになった。もう片方の肺に睡蓮が生えると命取りになるが、そんなことはまず起きないとマンジュマンシュ医師は言う。シックは、結婚のためにコランから金を貰ったにも関わらず、その金を好きなパルトルの書籍、講演の録音とそのレコード化などにつぎ込む。コランもシックも無一文になったが、コランはクロエのために奇妙な仕事をしに働きに出る。二コラにはふさわしい待遇で雇えないからと、ポントザヌ家で働くように促し、二コラは渋々応じる。シックは職場を首になり、家で集めたパルトルと暮らしている。アリーズのことなどとうに忘れ去っている。

ピアノでお酒のカクテルを作る装置、処方箋の処理に裁断機を使うなど奇妙な描写が多数ある。そもそも新婚のコランとクロエの寝室が不可思議で、ベッドは床に置かれた高い台の上にあり、そのベッドの下に閨房があるのだと言う。ベッドには梯子で登らねばならないが部屋は天井が高く明るい。クロエが病気になると、それに呼応するように天井も台も低くなり窓も縮んで部屋は暗くなる。解説には言葉遊びが盛り込まれているとのことだが処方箋がその事例だと言う。だが、日本語で読むとこれらの奇妙な描写のどこまでが言葉遊びなのかわからない。いずれにしても反現実小説であることは確か。
人も安易に死んでいく。コランとクロエが結婚式を挙げる教会の祭壇はかなり高い所にあるが、楽士たちを指揮する指揮者はそこから転落して死ぬ。指揮は副指揮者がとって代わる。その教会の祭壇も結末では、たいして高いところにないように読めたのだが・・。
本書で目を引くのは労働に対する反発だろうか。新婚旅行に出かけた三人は近道をするため鉱山のような場所を通る。そこで働く人夫たちのコランとクロエを見る眼つきには嘲笑が含まれている。後にコランが求職活動を始めた時には、働く意味について様々な概念が述べられる。25章では「労働しているからとそれが正しいとは言えない」とクロエはいうが、クロエは後にコランの労働で支えられることになる。44章ではコランは求職先でのらくら者と決めつけられ、「のらくら者に与える仕事はない」と言われた。コランは「筋の通らない話だ、のらくら者に与える仕事なら労働する仕事ではない」と言い返す。本書に出てくる労働の姿は、カフカ的な大量・官僚的な概念である。
検索してみると、言葉遊びが多い、反現実小説で意味を汲み取ろうとするものではないようなことが書かれているが、評者は著者の、労働と言うものに対する反規範のような暗い情念を本書から感じた。
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  • 掲載日:2026/04/09
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