(バックにペピーノ・ガリアルディの「ガラスの部屋」が流れている。)
「棒です。部屋着でコンビニに買物に行ったら、浮浪者と間違われたとです。棒です、棒です、棒です…」/
ミシェル・フーコー関連のイベント「フーコー/ルーセル研究会」に参加するために手に取った。
フーコー先生は、どうやらレーモン・ルーセルにハマっておられるらしい。
『レーモン・ルーセル』なる著作も物しておられるほどだ。/
なるほど、読んでみると皆目わけが分からないが、なんとなく面白い。
奇怪な明晰さという言葉が浮かんでくる。
どちらかと言えば、奇書というべき本だろう。
分からないのにぐんぐん惹きつけて読ませてしまう文章の巧みさ。
鉱物質の文体は、安部公房やロブ=グリエを想起させる。/
この物語のあらすじを紹介するなどという離れ技は、「無能の人」である僕にはとうてい不可能なので、登場人物・事物紹介を少しだけして、あとは心にうつりゆくよしなし事をそこはかとなく書きつくしてお茶をにごすことにしよう。(不健康肪脂)/
◯登場人物・事物紹介:
「カントレル」:科学者。モンモランシーのロクス・ソルス荘でさまざまな研究に没頭して暮らしている。
「撞槌」・「飛行機」・「歯」:
【のぼるにつれて、草木はまばらになった。やがて地面は至るところむき出しとなり、着いたところは、草一本生えていない、だだっぴろい広場だった。
私たちは、その構造から、鋪道をならすのに使う「撞槌」─突き棒─を思わせる、舗装用器具の一種が立っている地点の方へと、数歩進んだ。
この「撞槌」は、すべて金属製だったが、外見は軽快で、淡黄色の小さな軽飛行機から吊り下げられていた。飛行機の方は、下部に円形の口がラッパ形に開いていて、その輪郭は熱気球を思わせた。
下の地面には、ひどく奇妙なものが置かれていた。
かなり広い場所に、形も色も実にさまざまな人間の歯が、至るところに散らばっていたのである。
─中略─
突然突き棒がひとりでに空中に上昇し、わずかな風に押され、十五歩から二十歩ほどの距離を真直ぐ、ゆっくりと飛行したあと、私たちのところから遠からぬ、煙草のやにで褐色に染まった喫煙家の歯の上にとまった。】(本書。【】内以下同様。)/
複雑で精密な装置、奇妙で見事な仕掛け、これらはこの小説自身の姿なのではないか?/
物語のなかの物語中の物語、またそのなかに物語。
物語のマトリョーシカ。
また、この物語では、フーガのようにいくつかのテーマが変奏され、くり返されている。/
◯「金貨のブレスレット」のテーマ:
【正気に戻ると、彼(ジェラール。引用者。)は突然、肘をあげ、(略)左手の手首から右掌の窪みまで、古い金貨を吊した金の鎖製のブレスレットをすべらせた。
彼は、昔の貨幣を窓の桟の尖った先端でこすり、あいている左掌にたえず集めて、相当量の金粉を得た。
─中略─
ジェラールは、花のついていない茎を(略)ペン軸のようにつかみ、まだ長いとげのついているその一端を、(略)水差しの水の中にちょっとつけた。
それから彼は、とげのさきを使って、辞書の白いページの上に、(略)なにかを書きはじめた。
彼は、数行書くと、(略)一つまみ金粉をつまむと、(略)書いたばかりの目に見えぬ文字の上にそれを散らした。文字はすぐに金色に染まった。】/
詩人ジェラール(前出のジェラールとは別人。引用者。)は、若妻と息子を連れて、世界中を旅していた。
ある日、カラブリア地方の人跡まれな隘路を馬車で通った時、山賊の襲撃を受け、ジェラールと息子は捕らえられてしまう。ジェラールは一計を案じ、なんとか息子だけは逃すことに成功したが…。/
【近々確実に訪れる死を仕事でまぎらわそうと考え、ジェラールは、グロッコ(山賊の首領。引用者。)が禁止したにもかかわらず、物を書く手段を探した。
─中略─
ジェラールは、このばらのとげの一本をペンとして使おうと考え、一番長いもののほかは全部もぎとり、(略)茎を切った。すると恰好の筆記用具ができ上がった。
─中略─
彼は、たとえば金属のような、長持ちのする物質を粉末にして、(略)水でもって書いた文字の上にふりかけるならば、乾いたあと、読むことができて、なかなか消えない原稿ができるのではないか、と考えた。
─中略─
詩人は、夜も昼も、この宝物(妻からもらった金貨のブレスレット。引用者。)を腕につけたままだった。(略)壁の中にはめこまれた二本の(略)窓の桟は、先端が尖っていて、その鉄で金貨をこすれば、金粉を得ることができるはずだった。
─中略─
(ジェラールは。引用者。)それから、金貨を鉄の桟の尖った先端で長い事こすり、一定量の金粉を、注意深く集めた。次いで、水差しの水の中に浸したとげでもって、(略)余白にオードを書きはじめ、(略)まだ乾かぬすべての文字の上に金粉をまき散らした。】
二人のジェラールが、とげの先で書きつけ金粉を散らして作品を残そうとする姿は、ルーセル自身がこの物語を彫琢する姿と重なる。/
そういえば、物語のはじめで、王が正統な後継者のために宝物を洞窟の奥深くに隠すというエピソードが語られていた。
また、物語の後半には、罪を犯した父親が秘密の告白を置物のなかに発見の手がかりとともに隠すエピソードもあった。
おそらく、彼らがそうしたように、ルーセルもまた、その秘密を正統な読者のためにページの奥深くに周到に隠したのだろう。/
レーモン・ルーセルの本は、ほぼ完璧に無視されたという。
たぶん、ルーセルは、粒来哲蔵「鱏(えい)・manta」のように空を飛んだのだ。
《マンタは空を飛ぶとです。─といって伊良波盛男は その飛形をまねてみせた。
─中略─
空の高みで、マンタは空を飛ぶとです。─という伊良波の声が聞こえていた。
─中略─
詩を書くことはそれを選んだところで人生が消えるものである。詩そのものも人生をかげらせるが、それを読む人の少ない国ではなおさらである。土を離れ、空に浮かぶことなのだ。》(荒川洋治『忘れられる過去』/みすず書房/2003年)/
ひょっとすると、この物語はルーセル版『ラス・メニーナス』(フーコー『言葉と物』において、僕の読了を阻んだあのベラスケスの絵『侍女たち』)ではないか?
違うのは、ベラスケスが絵を描いている自らの姿を描いたのに対して、ここでは小説を書いているルーセル自身の姿が描かれているのではないか?
謎だけが想像力を羽ばたかせる。/
レーモン・ルーセル、時間を金に変える錬金術師!
「読み路きて 何やらゆかし レーモン・ルーセル」(デブ症)
この「剽窃の門」を出ずれば、どのような曠野が眼前にひらけているのだろうか?
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