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前半は古典的な密室トリックが味わえるミステリー、後半は史実に基づいたハードボイルドな探偵小説、そしてエピローグで「最後の事件」につながる見事な構成。

  • レビュアー: さん
  • 本が好き!1級
恐怖の谷 新訳版 シャーロック・ホームズ (角川文庫)【Kindle】
2月に科学探偵シャーロック・ホームズをレビューしてから、ドイルのホームズものを続けて読んでいますが、あと短編集2冊とこの長編「恐怖の谷」を残すだけとなりました。

恐怖の谷は、4作品ある長編小説の最後のもので、1914年に雑誌に連載されました。最初にあのモリアーティの名前が出てきて、これが1893年に発表された「最後の事件」より前のお話だと分かるようになっています。

全体の構成は凝っています。第一部は英国の古いお城で起きた殺人事件で、犯人の逃走経路が不明の一種の密室殺人です。第一次十字軍時代のお城は周囲を堀に囲まれており、唯一の出入り口は跳ね橋になっていました。小さな窓についていた足跡は偽装されたものらしい。

シャーロックはワトスンと共に現地でスコットランドヤードのマクドナルド警部らと捜査に当たるのですが、密室の謎解きについては、捜査の過程で様々な情報が開示されるので、現代の読者なら途中でからくりが判るかもしれません。シャーロック自身が、手掛かりを示さずに最後に関係者を集めて犯人を指さすようなやり方を批判しているのは、それまでの探偵小説への批判とも受け取れます。

それでも、マクドナルド警部はシャーロックの示唆に気が付かず見当違いの捜査をして、最後にシャーロックの種明かしでびっくりするという仕掛けです。

第二部の舞台は1870年代の米国ペンシルヴェニア州のある鉱山地帯で起こった事件です。これは実在の事件に基づているとか。鉱山の労働組合を牛耳って鉱山主らを殺害してきた地下組織を摘発するために潜入した、ピンカートン探偵社の探偵が主人公です。この第二部に出てきた探偵が第一部で殺人の被害者になるというお話ですが、第一部と第二部とは別々の独立した小説として読めます。第二部は謎解きではなくてハードボイルドタッチの犯罪小説に仕上がっています。

そして、最後のエピローグで第一部の事件の背後に、「最後の事件」でシャーロックと死闘を演じたあのモリアーティがいることが暗示され、シャーロックはモリアーティを倒す誓いを新たにしました。

僕はドイルの書いた4編の長編のなかでこれが最もよくできているのではないかと思います。前半と後半でテイストが変わって読者を飽きさせません。ドイルの熟練の技でしょうか。

余談ですが、第一部の終わり近くで、ある登場人物がワトスンを歴史家だと呼びます。ドイル自身が自分を歴史家だと呼んで欲しかったのかも知れませんね。

なお、今回は駒月雅子氏の新訳で読みました。スピーディーな文体で300ページ近い小説を一気に読ませられました。
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  • 掲載日:2021/05/12
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    取得中。。。