サックス博士が臨床医として出会った器質的な障害や、神経学的な過不足によって起こる問題についてケーススタディの形で書いています。
24人の患者が登場してその病態を詳しく説明しているが、患者の背景を観察し病気としてではなく一個の人間として見ているのが印象的だった。
表題作になっている「妻を帽子と間違えた男」では、認知力に非常に問題があるにもかかわらず音楽の才能によって仕事も生活もできている男性の話だった。
人と帽子の区別がつかないほどの認知力が低下していても、歌を歌っていれば日常の動作はまるで歌の振り付けのように行えるということが不思議です。
言葉と歌って脳の中では全く異なって捉えられているのがよくわかる。
幻肢痛はよくあるだけに知ってはいたけれど、自分の足や体が自分の物として感じられない感覚障害があるのは知らなかった。
ベッドの中にある知らない足を追い出した結果、それにくっついていた自分の身体もベッドから落ちるという。
普段気にする事もない自己という概念が神経学的にどのように形成されているのかが不思議だった。
逆に脳の障害で左側が失われると、自分に左側があるという感覚や記憶さえも失われるという。
左側がない女性に化粧をさせると右側だけ塗って満足する。
そういう症状になるというのはわからなくもないが、世界が半分になってしまって気づくこともないというのはどんな感じなんだろう。
これは実際になってみないと理解し得ない感覚なのかも。
自閉症だけれど、数字の能力だけはずば抜けているサヴァンの病態についてもリポートされている。
IQ60で計算力もそのくらいの能力しかないのにカレンダーの日付や落ちたマッチの数が三桁でも瞬時にその数を言える。
奇術めいた記憶にサックス博士はその脳内で起こっているだろう心象を考察する。
特殊なアルゴリズムを持っているのだろうが、なぜその部分だけ特化されるのだろうか。
解明出来たら脳を使ったスパコンができるかもしれない。
人間の脳の不思議さも然ることながら、博士の想像力もなかなか奥が深くて興味深い。
特に知能指数が低い人々について語っているところで感じたけれど、サックス博士が脳に障害がある人々に対して人間としての尊厳をつねに持って見ているという点が印象的でした。
確かに脳の機能障害により、学習やテストといった部分はできないかもしれない。
それでも人間として自然と深く関わり対話する能力は十分に備わっている。
障害によるマイナス面ばかりに目がいって、生活を矯正することを治療と勘違いしがちじゃないかと思う。
それに対し博士は、障害も含めて個性という大きな枠で捉えて人間として尊重している姿勢が伺える。
もしも自分が脳障害に陥ってしまったとしたら、こんなドクターに出会いたいものだ。
この書評へのコメント