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※ネタバレ注意!

もし仮に、『シン・ゴジラ』という映画が、ゴジラという存在が現れた非日常を描きながら、ゴジラとの決着はさして描かれなかったとしたら。そんなことを想像してしまった小松左京のシミュレーションSF小説。

  • 首都消失 (上)
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  • 出版社:角川春樹事務所
首都消失 (上)
 SF小説とは、現実にはない状況で、何が起きるか、人は何をするのか、それらを考えるためのシミュレーションとしての一面があると思っている。ロボットと共存する社会。身体を機械化して生き永らえることが可能な世界。人間とは何か。生命とは何か。日常とは異なる極端な条件で行う思考実験。決して「荒唐無稽なあり得ない話」として否定するだけのものではない。

 『シン・ゴジラ』はゴジラという怪獣を描くだけに終わらず、現代日本に巨大生物が現れたらどんな事が起きるか、人々はその怪異とどう出会い、どう対応するのか。それらを描くことにアプローチする、それまでのシリーズ作品とは異なる新機軸の魅力を感じた。


 突如として東京が巨大な雲に覆われ、内部との連絡が途絶える。半径30km。高さ1000m。内部を伺うことも、中に足を踏み入れることもできない謎の壁。
 首都機能を失うということはどんな事なのか。政府は消え、東京に集中した企業の運営も停滞する。機能不全を起こす日本の隙を狙う諸外国の動き。明日の生活はどうなるのか。一体いつまで続くのか。

 ゴジラが吐く、内閣総辞職ビームも霞む大惨事である。

 防衛。経済。そして政治。それらに揺るがされる個人個人の生活。命令系統が崩れる。資金が枯渇する。出版物が発行されなくなる。きっとこれらは、謎の雲に覆われたりしなくても、例えば首都直下地震が起こればあり得ること。そんな方面でのシミュレーションとしての一面は確かにある。

 そしてそれらの描写を支えているのは作者の博識。よくぞここまで思いつく、と思わせる話題の広がりは、博覧強記との表現がふさわしい。

 が、ちょっとそれだけに力を入れすぎではないか。雲とのファーストコンタクトや、その上空を観測機で飛行しようとするあたりは、文字通り手に汗握る緊迫感でその先どうなるのか、楽しみに読み進めたのだが、下巻に入っても政治関連の動きばかりが続き、ペースダウンの感は否めない。ことに、雲の中に妻子が飲み込まれてしまった男と、若い女性が踏み込んだ、恋愛でもない、男女関係の描写など、必要なのかと思ってしまう。もっと書いてほしいことは別にある。

 解説では「シミュレーション小説」と連呼され、確かにその価値は認めるのだが、『日本沈没』にしろ『復活の日』にしろ、それでは終わらぬ面白さがあったはず。「起」の部分も、「結」でさえもなくても、物語は成立するだろうが、さりとてこの小説がそれで成功しているかと言えば、そんなふうには思えない。

【読了日2026年5月23日】
  • 掲載日:2026/05/23
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この書評へのコメント

  1. No Image
    ねねみみ2026-05-24 00:13

    日本沈没は二回とも映画が大ヒットしましたよね。首都直下型地震への恐怖でしょう。小松左京は地震が来ると思っていたのでしょうか?何か来たら来たでしょうがなしの開きなおりがありますよね。恐怖ものも心霊ものと一緒で作者は全然怖くない事が多そうですよね。

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