本が好き!ロゴ

閉じる

中野京子さんの有名な作品。彼女の出世作でもある。本当に怖い絵とは、観る者を怖がらせようと意図して描いた絵ではなく、そう意図しなかった絵ににじみ出る恐怖だという。

怖い絵
中野京子さんの名を一躍有名にした本。今頃、手にしてみた。
彼女が、怖い絵について書こうと思ったのはダヴィッドのマリー・アントワネットのスケッチを見てからだった。彼女はそれをこんな風に記している。
「処刑場に引かれていく彼女の顔がどんなだったか本当のところはわからない。そこにはダヴィッドの憎悪が投影されているとしたら、つくづく怖いことだと思った。そう考えるとこれまで怖いと思ってもみなかった絵に恐ろしいことが隠されているのではないかと思った。本当に怖い絵は怖がらせようとして描かれた絵ではなく、描き手さえ意図していないのに慄然とする恐怖が隠されているような絵ではないだろうか?恐怖の源は死であり、肉体の死ばかりではなく精神の死である狂気もそうだ」。

ダヴィッドのマリー・アントワネットのスケッチを見てもらえればわかるが、それほど描き込んだものではない。僕は、あまりスケッチは好きではなく、絵画の展覧会に行ってもスケッチばかりになると少々うんざりするのだが、中野さんの手にかかると、こんな単純な素描からでもとても細かい部分までの説明が続く。マリー・アントワネットはハプスブルク家出身だが、ハプスブルク家特有の唇の形状を描写した跡、革命後の幽閉で疲れ果てて出来た首筋の皺など。前記の通り、どこまでが見たままで、どこまでが画家ダヴィッドの悪意なのかはわからない。

本書では22の絵画を取り上げている。最初の15作品、ホルバインの「ヘンリー八世の肖像」までは画家の描き込んだものを深く探求している。そこまでの幾つかの作品でも例えば、ダヴィッドの「マリー・アントワネット」素描と作家ツヴァイクの「マリー・アントワネット」の物語、クノップフの「見捨てられた街」とローテンバックの小説「死都ブリュージュ」など物語との関連も顔を出すが、主たる説明は絵画と画家の描き込んだものの意味の説明である。しかし、作品16のジョルジョーネの「老婆の肖像」からは描き込みの説明よりは背景情報や関連する物語の方に説明のウェイトが割かれている。実は、こちらの方が楽しい。
この他に、今では有名なボッティチェリは、(まるで音楽におけるバッハのように)ラファエル前派による再発見まで忘れられた画家だったこと、アルテミジア・ジェンティレスキという、女性の画家は宗教画は書けないという偏見から彼女の生きた17世紀以降に忘れられ、再発見された画家であること、同じ再発見でもボッティチェリと異なり女流画家の再発見には性バイアスが付きまとうことなどが興味深かった。

僕は中野京子さんを絵画専門家だとすっかり誤解していたが実はそうではなかったと解説を読んで知った。絵画に限らず文学などの分野でも広くヨーロッパ文化に造詣が深い作家さんだと知った。以前、読んだ高階秀爾氏の「名画を見る眼」も同じ様に絵の技巧やそこに書かれているものの意味を説明した絵画論だったが、絵そのもの以外にその本で述べられていることは絵画史における位置づけだった。本書のように描かれた当時の社会情勢や物語との関連まで踏み込んだ絵画論、それはそれで面白い。
    • ダヴィッド マリー・アントワネットのスケッチ
  • 本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
  • 掲載日:2026/02/05
投票する
投票するには、ログインしてください。

この書評の得票合計:21

読んで楽しい:2票
素晴らしい洞察:1票
参考になる:18票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

    No Image

    コメントするには、ログインしてください。

    怖い絵 の書評一覧

    取得中。。。