清張を知るきっかけとなった長いシリーズが終わりました。でも、楽しかった。この歳になって、身に染みるあらゆる煩悩を叩きつけてくる清張節に完全ノックアウト。宮部女史の親切な解説も相まって、いい読書ができました。宮部さんたら大上段に構えてなくて、われわれ目線で語ってくれているところがナイスでした、というわけでラインナップは以下のとおり。
「支払い過ぎた縁談」
「生けるパスカル」
「骨壷の風景」
「帝銀事件の謎」
「鴉」
「西郷札」
「菊枕 ぬい女略歴」
「火の記憶」
「支払い過ぎた縁談」は既読。これ、なかなか大掛かりですよ。でも当時のお金で八百万が現在のいかほどに当たるのかがピンときてないのです。それにしても、まんまとしてやられちゃいましたね。
「生けるパスカル」これは中篇。画家の男が恐妻家で、っていうかこの妻がとんでもない癇癪持ちで、すべてを牛耳られている男は常に戦々恐々としている。いらぬ疑いをもたれて自殺騒ぎになったり、ちょっと帰りが遅いと執拗な詮索に始まり、やがて暴行にまで発展する始末。ぼくはこれを読んでいて、息の詰まる思いを味わった。いまの妻が、こんな瞬間湯沸かし器みたいな女房だったらと思うと動悸が激しくなってくる。それでも男は誘惑には勝てない。その狂気の眼をかいくぐって浮気しちゃうんです。最後は予想つくけど、いったい何が逮捕のきっかけとなるのかがキーポイントなのだ。
それにしても本作は清張にしては少し冗長に感じた。事件そのもの以外のことに割かれるページ数が多く、水増し疑惑が持ち上がっております。
「骨壺の風景」は、清張の生い立ちが浮かび上がるなんともノスタルジックな作品で、古い記憶をたよりに不甲斐ない父親が一時預けにしていた祖母の骨壺を当時住んでいた小倉の町に探す話で、寺の名前も憶えていないし、昔のことで地形もかなり変わってしまった地での探索と、当時のあまりにも困窮を極めた暮らしの思い出が交互に語られる。清張自身の思いがきれいにぬぐい去られ事実のみが描かれるのでそこにお涙頂戴的な感情の移入はないのだが、辛い日々の中で祖母の存在がいかに清張を助けていたのかが強く伝わってくる。一読忘れがたい。
「帝銀事件の謎」は昭和史の闇を描く『日本の黒い霧』の一篇。もうこの事件も「下山事件」も知らない人のほうが多いのだろうね。なんていうぼくも詳細を知っているわけではないので、勉強になりました。ここでは、事件の詳細ではなくその裏に蠢く圧倒的な権力の怖さが描かれる。清張が推理する帝銀事件の真相は戦争の暗い影もまとって恐ろしい。もし本当にスケープゴートとしてこんな大事件の犯人に仕立て上げられたらと思うと、恐怖しかない。痴漢の冤罪で捕まるのも恐怖だが、こんな大きな渦に巻き込まれたら一般の個人なんてひとたまりもないではないか。
「鴉」うまい。うますぎる。なんの取り柄もない仕事もできない万年平社員の男が労働組合の代議員になったことから日頃の鬱憤を晴らしまくり予想通りの転落を見せるのたが、この作品冒頭にこの男の家が新設道路にかかるので道路公団が立ち退き交渉しているが、折り合いがつかず難航しているという新聞記事が載っているのである。この件は最後の最後までどう繋がるのかわからない。ていうか、鮮やかすぎて感動してしまった。タイトルの鴉もどう関係してくるの?と思っていたが、ほんとビックリ!素晴らしすぎる。
ここで、一息。松本清張受賞作家に聞きましたというタイトルで、山本兼一、森福都、岩井三四二、横山秀夫の四名にフェイバリット作品を聞いている。それぞれ思い出と共に好きな作品を挙げられているのだが横山氏だけは、好きな作品に「地方紙を買う女」を挙げて、自分なりの短編を構築しているのだが、それが素晴らしくて驚いた。こっちのラストはかなりショッキングだ。ゾゾゾとなってしまう。さすがプロ!っていうか、ここだけにしておくにはもったいない出来栄えです。
で、山本氏のフェイバリットが「西郷札」。これがデビュー作だって?驚きだ!「或る「小倉日記」伝」より断然こちらが好み。ラストの決着もイーデス・ウォートンばりに決めちゃって、なんてすばらしいんだ!
森福さんのお気に入りの「菊枕」は、大正、昭和を駆けぬけた火の女 杉田久女をモデルにした作品で読んでいておっとりのぼくには、ほんと耐えられない人生でありました。自分をというか自我をこれだけ奔放にさらけ出すって逆に苦しいことなんだと実感。抑圧もよくないが、解放もよくないのだ。
岩井氏推しの「火の記憶」はいい話なのかどうかよくわからないが、記憶の話はどうしてこうもミステリアスなのでしょう。
というわけで、このシリーズとうとう終わってしまった。でも、清張作品はまだまだ膨大な量が残ってますので、これからもどんどん読んでいきます。
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