書き出しの一行は、「俺は黙読ができる」。
おお、信長の独白体で書いてある。
平手政秀切腹の深層、叔父織田信光横死の真相、濃姫との日々、弟信行を謀殺するまでの心境、そして、母土田御前への愛慕と憎しみ……信長本人しか知りえないことどもを、信長自身が語ってくれている!
書かれているのは、元服直前の吉法師のころから、弟信行を謀殺して、尾張をほぼ統一するまでである。
母に愛されなかったものは残虐に育つ、と信長本人がいう。
聡明で勇敢な支配者が、あるとき豹変して残虐冷酷になる。自身の狂気じみた一面を、冷徹に分析している。
七歳の家康は、こまっちゃくれた天才少年。
山中の鉄砲鍛冶師のところに案内してくれるのが、異形のひょうきん者、俊才藤吉郎。
木下という姓は、このころ、信長がつけてやったことになっている。
そして忠犬そのものの前田犬千代。
平手政秀は、せがれの謀反の責任をとって割腹して果てる。
「信長の奇行を諌めるため」という通説は、信長が流布させた。
心底から愛し尽くしてくれたものには、温かい心遣いも見せるのだ。
相思相愛であった濃姫との別れは哀しい。
濃姫は、道三の血を引く子を、信長に授けてやれぬことに、絶望していた。
「美濃に帰りとうございます」――道三の死後、静かに告げて、信長のもとを去っていく。
そのころ、信長は、母のような吉乃に溺れ、父になっていた。
吉乃との出会いは、藤吉郎の手引きだった。
母土田御前は、どうだろう?
弟を謀殺した後、血だまりのできた座敷で、母と面会する場面が、醜悪に描かれている。
作者にとっても、母親というのものは、不可解で手に負えぬものらしい。
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