富山から東京の大学に進学した坂中真智は、祖母の親友の志桜里さんの家に下宿することになった。
志桜里さんが、真智の祖母と「どんな」親友だったか、おいおい、わかってくるのだけれど、志桜里さんは面白い人だ。坂マニアであることなど、引き出しいっぱいで。
志桜里さんの家は、文京区小日向。都内でも指折りの坂の多い町だ。坂にはすべて名前があること、その名前の由来までも志桜里さんが教えてくれた。
坂の名前(変わったのが多い)の由来から町の歴史を紐解き、ゆかりの文化人、文学者のことも。
物語は六つの短編の連作になっている。
小日向、茗荷谷界隈を中心にして、真智さんたちと一緒にてくてく歩き回る坂の町。あっちに進み、こっちを曲がり。土地勘のある読者ならきっと、町の景観がしっかりと浮かんでくることだろう。
そうではない人間にも、伝わってくる気配がある。
坂とその歴史、ゆかりの文学・文学者たちが、六つの物語を通して、立体的な地図のように立ち上がってくるのを感じる。
そして、日常にささやかに混ざり込むのは、怪異なのか妄想なのか夢なのか。夢だとしても、見る人に、この町(坂)が意志をもって見せているような、何かを仕掛けてくるような感じ。いたずら心かもしれない。
この町は、きっと意志を持っている、生きて呼吸をしている。そう感じる。そういう気配があるのだ。
町の散歩は文学散歩でもある。夏目漱石、森鴎外、田山花袋、横光利一、遠藤周作、阿部公房、江戸川乱歩……まだまだたくさん。日本の同化政策のもと日本語で書いたという台湾人作家の巫永福も。
実際に歩けたらいいな、と思う。観光とかではなく。
志桜里さんのような永住の人として、真智さんのような期間限定の下宿人として……どちらにしても、この町は私の町、私の住む町、と思いながら歩けたらいいなあ、と思う。
六つの物語、という季節を通して、大学生の真智さんにもいろいろな出会いがある。その都度の体験や思いを、土地にゆかりの文学作品に重ねながら、ちょっとユーモラスに描いている。
タイトル『坂の中のまち』の「まち」が平仮名なのは、町(街)と真智をかけているのかな。
坂中真智。あれ……(今さらです)
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