1944年 アウシュヴィッツ。
すし詰めの家畜運搬車からようやく降車を許された12歳の少女スターシャが、
おじいちゃんのコートに隠れながらこっそりのぞき見たのは白衣を着た男だった。
周囲を威圧する雰囲気をもつその男は、
磨き上げられた黒い靴を履き、同じようにつやつやした黒い髪をした
映画スター並みの美男で、その態度は芝居がかっていた。
親切そうな表情をこれ見よがしに浮かべたその男が
三つ子の母親と話している様子を目にしたママは
小さく金切り声をあげてあえぐと大胆にもそばにいた警備兵の腕をひいた。
「ここでは---双子はいいことなのですか?」
こうして、スターシャとパールは、
美しい金髪をもつ瓜二つのユダヤ人の双子の少女として
人々を強制労働へ、ガス室へと振り分ける男、
ヨーゼフ・メンゲレの目にとまったのだった。
双子や三つ子や身体的特徴を持つ子どもたちを集め
一般の収容者から隔離して自ら管理する“動物園”に集め
子どもたちには“おじさん先生”と呼ばせ、
様々な“人体実験”を行なっていたメンゲレ。
常に死のにおいを漂わせる絶滅収容所の中で
子どもらしい想像力をフルに活かして、
現実と夢との間を行き来しながら
なんとか自分を保とうとするけなげな子どもたち。
だがその子どもたちが夢見ているのはメンゲレを殺すことなのだ。
原題は「Mischling」、本書では「混血児」と訳されているドイツ語だ。
作者は現代アメリカのポーランド系ユダヤ人作家。
金髪の美しい娘の目が茶色であることを「残念」に思い
目の色を変えてやろうというメンゲレ。
そのメンゲレから「不死になる薬」を与えられ
姉と異なる「混血児」となったスターシャ。
最愛の姉を救う使命を死なない自分に与えたスターシャと、
他の子どもたち同様、興味本位の実験材料にされながらも
この過酷な状況下では妹の方が生き残る確率が高いと、
なんとか妹を生かそうとする姉のパール。
誰もが計画によって生きのびている。わたしにもそれはわかった。スターシャとわたしは生きていく役割を分担する必要がある、と悟った。こういった分担はいつも自然にでき上がった。だから、早朝の薄闇の中で、必要不可欠なものを二人で分け合った。
スターシャは面白いこと、未来、悪いことを引き受ける。わたしは悲しいこと、過去、善良なことを引き受ける。
分け方には重なる部分もあるが、こういう重複は以前から話し合ってきた。わたしには公平に思えたが、責任を分け終えたとき、スターシャは心配した。
「あんたの方が分が悪いわ」スターシャは言った。「交換しよう。あたしが過去を取るから、あんたは未来を取って。未来の方が希望がある。」
常に行動を共にし、以心伝心だった一卵性双生児の姉妹が
それぞれの視点で物語を語るとき
2人の異なる個性が際立つと同時に
一つの視点では描ききれなかったであろうあれこれが鮮明になっていく。
実在の人物をモデルにした登場人物を多く配し、
史実を巧みに取り込んだ物語は
残酷きわまりない現実を突きつけるものではあるが
それぞれの心情の描写が詩的でとても美しい。
これだけ悲惨な状況を描き出しているというのに
後味が悪くないというのもすごいことだ。
あえていうならその点が
好き嫌いや評価の分かれ目になるかもしれない。
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