名探偵ポアロ長編第十六作目。
今回はヨルダンのペトラ遺跡が舞台。ポアロはペトラに行く前にエルサレムのソロモン・ホテルで、窓を閉めようとしてこんな会話を聞いた。「いいかい、彼女を殺してしまわなければいけないんだよ」。つくづく自分に殺人が付いて回ると思ったが、そうなるのは数日先である。
ポアロは後でこの声の主がレイモンド・ボイントンだと知る。ボイントン一家は、母親のボイントン夫人以下、長男レノックスとその妻ネイディーン、次男レイモンド、長女キャロル、次女ジネヴラという家族構成で一家総出で中東を旅していた。同じホテルに宿泊していた新米の医師サラー・キング、そして精神科の権威ジェラール博士は、一家の様子を見て心配する。大金持ちの夫亡きあと、母親のボイントン夫人は子供たちに過干渉で、長男夫妻を始め全ての子供たちに他人との交際を禁じていた。それなのに海外旅行をすると言うのは変と言えば変なのだが。サラーもジェラール博士も一家のことを心配するし、サラーは実際キャロルとソロモン・ホテルで深夜に腹を割って話すが、子供たちも経済的な理由で独り立ちできないので母親に従うしかなかったようだ。
サラーとジェラール博士がペトラ遺跡に出向くと、そこにボイントン一家もやってきた。そこにはイギリスの有名な女性政治家ウエストホルム卿夫人や思わぬ幸運で遺産が転がり込んだミス・ピアス、それにネイディーンの友人コープも居合わせた。ある日、ボイントン夫人は珍しく自分はホテルに残るから子供たちに散歩に行っておいで、という。彼女は宿泊する洞窟の前に座り子供たちを見送った。ところが子供たちがペトラのキャンプに戻ってみると、ボイントン夫人は夕食に現れない。洞窟の前の椅子に座ったままだった。アラブ人の召使いがボイントン夫人の様子がおかしいというので、サラー医師は彼女を診たが死んでいるのが発見された。ジェラール博士は自分が持参した劇薬の量が減り、ボイントン夫人が死んだ晩に注射器が紛失し、翌朝戻っていると騒ぐ。現地警察のカーバリ大佐は、一応不審死として扱い、数日後に丁度アンマンにやってきたポアロに事件をゆだねた。
ポアロの決まり文句として有名なのが「灰色の脳細胞」であるが実は第一作から「心理」が彼の捜査方法のキーワードでもある。彼はあからさまな物理的証拠は重視しない。心理こそ事件を解く鍵だという。それがかなり色濃く表れたのが本作だろう。ボイントン夫人の心理、半ば虐待された形のその子供たちの心理が本書の手掛かりである。犯人の意外性はポアロものの中で1、2を争うが、伏線の置き方がフェアではないという感想はありえる作品で、評価が分かれるところ。三谷幸喜は、舞台を日本に置き換えてクリスティの作品を3度ドラマ化しているが、本書はその中ひとつで、最も知られざる作品をネタにしている(残り2作はオリエント急行の殺人とアクロイド殺人事件)。僕はポアロの推理は、ある手掛かりの評価を踏まえると見事とは思うが、千万言費やして意外な犯人がこれか、と思うと、意外性の設定にいささかやり過ぎに感じた。
本書における当局の代表はカーバリ大佐だが、彼はレイス大佐から、シャイタナ事件の見事な手腕でポアロが事件を解決したと手紙を受け取っている。シャイタナ事件とは明らかに
「ひらいいたトランプ」の事件である。事件の舞台が中東であることを踏まえると
「ナイルに死す」の直前か直後かと思われるが、「ナイルに死す」への言及はない。それよりも容疑者の尋問の過程で
「オリエント急行の殺人」への言及がある。また、登場人物のひとりミス・ピアスはヘイスティングズ大尉が書いたであろう、
「ABC殺人事件」の本を読んでいるとポアロに言っている。
名探偵ポアロ長編第十七作目
「ポアロのクリスマス」
この書評へのコメント