本が好き!ロゴ

閉じる

『大どろぼうホッツェンプロッツ』シリーズのオトフリート・プロイスラーが、ヴェンダ人(ゲルマン民族の土地に住むスラヴ系住民)の伝説を元に、11年かけて完成させた小説です。

  • レビュアー: さん
  • 本が好き!1級
クラバート
チェコ生まれのドイツ語児童文学者オトフリート・プロイスラー(1923-2013)というと、ゆかいな『大どろぼうホッツェンプロッツ』シリーズが印象に残っています。1971年刊の本書は、クラバートという名前の少年が活躍するヴェンド人の伝説を元にしています。ヴェンド人とは、ゲルマン民族の土地に住むヴェンド語を話すスラヴ系住民のことですが、訳者・中村浩三が書いた本書解説によると、作者は少年時代にこの話にいたく感銘を受けていたそうです。作者は、1958年のミュンヘンの国際児童図書館で、ヴェンド語からチェコ語に翻訳された子供向けの本に出会い、この物語と再会しました。

「再会したクラバートにいたく刺激されたプロイスラー氏は、ついに自分の<クラバート>物語を書く決心をし、1959年の年末からその仕事にとりかかりました。当初はかなりはかどったのですが、物語を半分書いたところで、ゆきづまってしまいました。そのときのことを、作者はつぎのように語っています。

『わたしはこの仕事を中止せざるをえなくなり、『クラバート』は失敗に終わったと思いました。―そして、ただこの絶望から『大どろぼうホッツェンプロッツ』(1963年)を書いたのでした』」

ただし、作者は『クラバート』を諦めたわけではなく、時代背景やヴェンド人の風習を徹底的に調べ、1970年春に執筆を再開し、翌年に発表の運びとなりました。つまり、本書は着手から完成まで11年かかったものなのです。まずは、物語を簡単に紹介します。


年初に同じヴェンド人仲間の少年たちと、東方三博士の格好をして村から村からへ門付けしながら流れていた14歳のホームレスの少年クラバートは、ある夜奇妙な夢を見ました。

「11羽のからすが一本の止まり木にとまっていて、クラバートの方をじっと見ている。その止まり木の左端が一か所空いている(中略)人の声が聞こえてくる。しわがれた声だ。空中から、遠くのほうから聞こえてくるようだ。クラバートの名前を呼んでいるのだ。クラバートは答えられない。
『クラバート!』と二度目がひびいた。そして、『クラバート!』と、三度めが。
それから、その声は言った。
『シュヴァルツコルムの水車場に来い。お前の損にはならぬだろう!』
すると、11羽のからすがいっせいに止まり木から飛び立って、鳴いた。
『親方の声にしたがえ、声にしたがえ!』」

クラバートは3日続けて同じ夢を見ます。ついに、彼は黙って仲間から離れ、シュヴァルツコルム村の近くのコール湿地にある水車場にやって来ます。そこで、片目に眼帯をかけた親方と会い、「製粉の仕事」と「ほかのすべて」を学ぶことを条件に、まずは見習いとして弟子入りします。一人前の職人となるには、3年かかるのです。親方には11人の職人がいたのですが、ベッドには一つ空きがあり、最近まで誰かいたようです。なおかつ、ベッドに置いてあった衣服は、あつらえたようにクラバートにぴったりでした。服について他の弟子に質問すると、それは前任者のもので修業を終えたのだと説明されます。そこに、親方が怖い顔で入って来て、「おしゃべりをやめろ!」と怒鳴りつけます。クラバートには「質問が多い奴は、間違いも多い」ということを忘れるな、と言います。

それからの毎日は親方にこき使われ、へとへとになって寝る日々でした。ある朝、腰の痛みをこらえながら雪かきをしていると、トンダという職人がやってきて、クラバートの肩に手をかけました。すると、痛みが嘘のように消え、雪かきもはかどるようになります。しかし、トンダはこのことは、誰にも言うなと釘をさします。それからも、誰もいない時に時々現れて、クラバートの痛みや疲れをとってくれるのでした。

3ヵ月経ったある日、クラバートは親方の部屋に呼ばれます。そこには他の11人の職人が既に揃っていました。親方は言います。

「おまえがこの水車場に来てから、もう3か月になる。ためしの期間はすぎた。おまえはもうただの見習ではない。これからは、わしの弟子にしてやる」

いつのまにか11人の職人はからすになって止まり木にとまっていました。クラバートもからすに変身させられ、止まり木の空いている場所にとまります。親方は続けて言います。

「おまえはいま<魔法の学校>にいる(中略)ここで習うのは魔法の技術だ。わしの目の前にある、鎖で机につないであるこの本は『魔法典』といって、魔法の呪文が書いてあるのだ。(中略)この本には世界中のすべての魔法の呪文がのっている。この本を読むことを許されているのはわしだけだ。わしがここの師匠だからだ。お前たちは(中略)この本を読むことは禁じられている」

それから、親方は『魔法典』を読みながら、魔法の呪文を口頭で教えます。職人たちは、それを聞きながら、内容を覚えなければなりません。それは大変でしたが、クラバートは熱心に聞き、少しずつ使える魔法を増やしていきます。

そして、その年の年末、クラバートは一人前の職人として認められます。3年経っていないと思ったクラバートですが、他の職人から、ここでは時の流れが速く、1年が外の世界の3年に相当するからだと説明されます。しかし、大みそかの夜、トンダが首を折った死体となって発見されます。クラバートは驚きますが、他の職人はそうではありませんでした。さらに、新年になると、ヴィトコーという少年がやってきます。ヴィトコーもトンダの服を引き継ぎますが、これもあつらえたようにぴったりでした。

クラバートには次第に分かってきます。毎年大みそかに職人の一人が死ぬこと、新年になるとその代りに新しい少年がやってくること、さらには、職人たちは女性と関係を持つことが禁じられていること、職人が女性と添い遂げたければ、大みそかに自分とその女性の命を賭けて親方の出す質問に答えなければならないことです。折りしも、クラバートには気になる女性が現れたのでした。そして、親方にとっても、この質問には自分の命がかかっているのでした。


さて、本書は宮崎駿の『千と千尋の神隠し』(2001年)に影響を与えた、とよく言われます。確かに、単純な善や悪でない親方は典型的な宮崎駿的キャラクタですし、ラスト近くで千尋に出される難問や、時間が外の世界より早く過ぎる設定など、連想させるものは多いです。ただし、これらは『クラバート』特有のものではありません。登場人物がとても答えられそうもない質問に答えるというのはグリム童話の『ルンペルシュティルツヒェン』が有名ですし、時間の速さの差というのは『リップ・ヴァン・ウィンクル』や『浦島太郎』の例があります。ですから、個人的には、『千と千尋の神隠し』の世界にはおとぎ話や昔話の影響があるのは認めますが、本書からの影響というのは少し違うのではないかと思います。

ただ、ラストでは、クラバートと恋人は謎を解いて旅立っていくのですが、直接描かれてはいないものの、親方は新年に死を迎えることになります。いかにそれまでに死んだ職人たちの復讐のためとはいえ、「愛が魔法に勝った!万歳!」という終わり方ではないなと思ってしまいました。宮崎駿がこの作品が好きなのは事実のようですが、それはこういうところにあるのではないかと思います。このエンディングに代表される、描かれる善悪の境界線の曖昧さが、ありふれたファンタジーと一味違う、この本の最大の魅力ではないかと思います。


  • 本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
  • 掲載日:2026/05/08
投票する
投票するには、ログインしてください。

この書評の得票合計:10

参考になる:9票
共感した:1票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

    No Image

    コメントするには、ログインしてください。

    クラバート の書評一覧

    取得中。。。