下巻に入っても、基本的に上巻と同様、時をおいて事件が発生するという連作形式が取られ続けます。
下巻には1902年、1903年春、1903年夏の三編が収録されているのですが、鋭いシャーロキアンの方ならこの年代を見ただけでも「おや?」と気付くかもしれません。
はい、そうなんです。
この辺りの年代になると、ホームズは引退してサセックスで養蜂をし始めるんですよね。
もちろん、原作でも引退後の事件も描かれていますが、本作は長い年月を描き、ホームズ引退後まで連作の形で引っ張っていくわけです。
なるほど。ホームズは原作で知られているような通常の事件を解決した傍ら、折々にクトゥール的な事件も継続して追っていたんだということを書きたかったわけか。
それらの事件のうち、単発的なものをこれまでの3作で描き、それともまた別の事件を生涯をかけて追っていたのだと構成したかったわけなのですね。
だから必然的に時間をおかなければならず、本作のような連作の形を採ったというわけか。
了解です。作者が描こうとしたことがこうだったから、こういう形になったというところは理解しました。
さて、ではそれら連作の中でのホームズの活躍はどうなのよ? ということになるのですが、ホームズ好きな私から言わせて頂くとやはりちょっとパッとしないという印象を受けてしまいました。
鋭い推理という点は不満ですし(たいしたことは無い、当てずっぽう的なところが目につきました)、さほど鮮やかに事件を解決していったというわけでもなく、この点はホームズらしくないなぁと感じてしまいました。
それらしいことは書いてはいるのですが、やはりこれはちょっと違う感を抱いてしまったのです。
そもそも、クトゥール+ホームズという企画がどうだったのかという根源的な問題にぶち当たってしまうのですよね。確かに異色の取り合わせではあるのですが、超自然的存在を相手にすることから、普通のホームズの推理、活躍ではまかない切れなくなっているかもしれず、そこは逆にホームズものの良さを殺してしまったかもしれないと感じてしまったのです。
上巻のレビューで不満を述べたアイリーン・アドラーも再登場するのですが、これはもはやアイリーンではないでしょう。まあ少し持ち直させてはいるものの、ちょっとな~感は拭いきれませんでした。
本作をこのように書いてしまうともうこれ以上続編は書けないよねと思っていたところ、やはりそうか。巻末解説によると、このシリーズ、これで打ち止めのようです。
最後に、ということでホームズの全生涯にわたる事件を書いたということなんでしょうかね。
大変異色で、意欲的と評しても良いシリーズだったとは思いますが、読み手によって好き嫌いはありそうですね~(「こんなのホームズじゃない!」という意見にも頷けるところがあります)。
読了時間メーター
□□□ 普通(1~2日あれば読める)/347ページ:2026/03/30
シャーロック・ホームズとハイゲイトの恐怖(上)
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