本書の書名には「生成AI」とありますが、それに限らずネットなどの情報全体について語られており、副題の「情報偏食でゆがむ認知」という方が内容をよく表しているようです。
多くの記者たちが関わっているようで、取材も幅広く行っており、また「何々に取材を申し込んだものの拒否された」といったことも漏らさず書かれているといったもので、情報の問題についてかなり力を入れて構成していったことがうかがえます。
第1章は「身近に潜むリスク」として、ネット情報で実際に大きく障害を受けた人々、「痩身の誘い」「ゲーム依存」「オーバードーズ」「陰謀論」といったものに引き込まれてしまった事例を紹介しています。
第2章では「揺れる教育現場」、特にネット情報に影響を受けやすい児童生徒たちの状況で、ネットいじめといったことは頻繁に報道されていますが、それ以外にもネットを授業中にも見てそれを放言するクラス破壊、先生の側でもテストや宿題の作成を生成AI任せにする例など。
第3章は「混沌もたらす者たち」、収入を増やそうとしてわざと炎上を引き起こすユーチューバー、隠し広告などを仕掛ける悪質サイト、AIで作られる幼児性的画像など。
第4章は「操られる民意」、政治の分野でも頻繁に出てきたニセ情報、それを用いた外国勢力の政治介入などの事例がつづられており、特にニセ情報に弱いのが日本人ということなので、今後大きな問題となることが危惧されます。
第5章では「求められる規範」としてこういった状況への対策の必要性が語られますが、このような本の常として「あまり有効な対策は出されない」という点がこの本でも同様でした。
最後の部分に、ニセ情報についての受け取り方を日米韓の参加国で調査した研究結果が出てしました。
それによるとネット情報について「情報源(1次ソース)を調べる」と回答したのが米国73%、韓国57%に対し日本は41%とかなり低い値に止まっています。
デジタル空間での構造や弊害を表す言葉、「アテンション・エコノミー」「フィルターバブル」「エコーチェンバー」という3つの用語を知っているとした割合が日本はわずか5%、韓国の40%米国の33%と比べ非常に低いものでした。
また3ヵ国で実際に拡散した「政治」「医療」「健康」「美容」の各部門のニセ情報15個について、その真偽を尋ねる質問をしたところ、それが「正しいと信じる」割合が各国とも40%前後と同程度だったものの、「分からない」と答えたのが日本では35%に対し米国17%韓国29%と低かった点が特徴的でした。
また日本では「ネット情報」を確認する場合も「他のネット情報」を見ることが多いのに対し、米国韓国ではテレビや新聞など他の媒体を使うことが多いようです。
インターネットの普及で「集合知」というものが発展することが期待されました。
しかし実際にはそのような建設的なものができることは無く、逆にニセ情報が拡散するということになってしまいました。
ネットで収入を得るという構造が広がると、送り出す情報をできるだけ過激にすることが人々の関心をひきやすいということから、その方向に故意に進む者が絶えません。
AIの進歩で偽動画などが本物そっくりに作られるようになってしまい、見分けが困難になっています。
その中から真実を選び出さなければネットの存続も問われることとなるのでしょう。
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