東京駅を手掛けた辰野金吾。
「赤煉瓦のルネサンス様式をベースに、白い帯石を何段も通し、隅や屋上に塔屋を林立させた」(65ページ)独特の建築スタイルは、“辰野式”と個人名を冠している。
それくらいの影響力を持つ辰野については、書かれた本も多く、広く世間に知られている。
しかしながら、本書の主人公である江川三郎八を知っている人はどれだけいるだろう。
知名度では辰野に及ばない江川の建築群にも“江川式”と個人名が冠せられている。
つまり、江川もまた大きな影響力を建築界に及ぼしていたことが推測されるのである。
では、なぜあまり知名度がないのか?
このことを追うように書評を綴っていこう。
江川は1860年、福島県に生まれた。
1887(明治20)年に福島県の建築技術者に採用されると、師範学校の建築に関わるようになる。
27歳のことだ。
以降、42歳に岡山県に移るまで学校や神社、個人住宅など、数多くの建築を手掛ける。
岡山に移り住んでからは岡山県技手として働きはじめた。
そして、多くの公共建築物を設計しながら、個人住宅や寺社建築にも携わることに。
中央との関りがまったくないわけではなく、伊藤忠太に指導を受けたこともあったらしい。
しかし、建築物は福島県と岡山県に偏在する。
このところが、江川を広く知らしめきれなかった要因と言えよう。
福島県と岡山県に偏在する“江川式”建築とは、いったいどのような特徴を持っているのだろうか?
本書には、“江川式”建築の特徴が部分写真とともに簡潔な文章で紹介されている。
役所や学校などの公共建築では、対称性の強い平面形に寄棟造の屋根を被せる構造で、ドーマー窓などによる飾りが鮮やかである。
腰回りは下見板を張り、窓上の小壁には筋交を襷がけに入れている。
このハーフティンバー風の筋交いは、“江川式”建築の癖として非常に目立つ。
ただし、注意しなければいけないのは、“江川式”建築の真骨頂たる特徴が外から見えないところに施されていることだ。
江川自身が“江川式小屋組”という表現を用いているそうだが、屋根構造にこそ江川のこだわりがあるようだ。
それは部材同士を、三角形を基本形としてつなぎ合わせる“トラス構造”という、西洋から伝わった小屋組構造である。
独自に建築を学んだ江川は、須賀川橋の施工経験からトラス構造をマスターし、建築に導入したとのことだ。
橋施工の際の江川は、建築を学問的に学んだことがなかったという。
経験則から独自の小屋組構造を身につけた江川が、トラス構造を“江川式小屋組”と呼んだ裏には、強い自負心が垣間見ることができる。
本書には江川が福島県・岡山県で手掛けた“江川式”建築が数多く紹介されている。
外観や内部の様子だけではなく、小屋組まできっちりと紹介しているところが、著者たちの江川に対する強い思い入れを感じる。
そもそも、本書を著したのは“江川三郎八研究会”の面々。
彼らの江川に対する愛情が詰まった本書を手に、“江川式”詣でをしてみてはいかがだろうか。
かく言う私も“江川式”詣でを行いたいと考えているところだ。
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