妙な宗教にハマっている両親に育てられた女の子の視点で描かれる小説である。彼女は自分の家が他所と比べて普通度が低いことを自覚していないので、無邪気に語られてゆく生活のあれこれに異質感を覚える。今にも事件が起きそうでソワソワしているうちに、少女の姉は家出して行方不明になる。それでもさほど大騒ぎになることなく、家族の生活は淡々と続いてゆく。やがて少女は学校生活を通じて、自分の家がどう見られているか、世間が両親に抱く嫌悪感に気づいてしまう。
私は作品の骨格をこんな風に受け取った。
「少女は家庭と宗教の仲間以外の世界に踏み込むことで、世の中には様々な考え方があること、親の生き方や価値観が唯一の正しい道ではないと理解した。親に向けられる白い目に傷つきもし、そう遠くない日に自分が親元から離れてゆくだろうことを予感している。それでも、自分を大切に育ててくれた両親の愛情をしっかりと感じている。」
変わっているとか、ちょっと気持ち悪い人だとか思ってしまうのは価値観が違うからだ。それがわかっていても、身内のお葬式でお坊さんの読経中に大声で別の経文を唱えたり、何にでも効くからと怪しげな水を勧めたり、仕事も辞めて次第に家が貧しくなる様子に、「騙されてるよ、おかしいよ、そこに気が付いてよ!」と思うのが大多数であろう。異質な価値観を持つ人たちの姿を描きつつ、中学校の人気者・イケメン爽やか南先生の底意地の悪い酷薄さもしっかりと読者の目に刻みつける。常識的に生きるとは、普通であるとは、どんなことなのだ?
両親の言動が奇矯であるがゆえに、子に注ぐ愛の“普通さ”が際立って輝く。そもそも両親が宗教に足を踏み入れた原因は、病弱だった少女の健康を祈るあまりのこと。それをしみじみと思い出させるラストシーンが美しい。読後に再びタイトルを目にしたとき、「大事な子、愛しい子」という意味がこめられているようにも感じた。本書は一種の成長物語でもあるのだが、読み終わって心に残ったのは「愛」だった。それに驚くと同時に、非常に感銘を受けた。
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