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「精神病院の浴室で、患者が風呂の中に釣り糸を垂れ、じっと見ている。医者がからかい半分に『どう?釣れますか』と聞いたら、患者が答えて『釣れるわけないでしょ。ここは、風呂場ですよ』」(星新一の好きな小話)

  • レビュアー: さん
  • 本が好き!1級
  • 悪魔のいる天国
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  • 出版社:新潮社
悪魔のいる天国
1961年刊の星新一の第三短編集です。35作収録されていますが、それまでの短篇集には、ショートショートではなく短編と呼んだ方がいいような作品もあったものの、本書は純然たる(?)ショートショート集となっています。例によって、特に印象的なものを紹介しますが、ショートショートの性質上、あまり細かく内容を語れない点は、ご容赦ください。


●『合理主義者』

徹底した合理主義者である金属学者の博士が、ある晩海岸で砂を集めていると、「見たこともない異国風の印象を与える」壺を見つけます。そんなものに興味がない博士は、足で蹴とばしたところ、栓が外れて中から「異様な服をした男」が現れます。男は「古代アラビアの魔神」で、その壺に閉じこめられていたと言うのです。そんな話は信じない博士でしたが、魔神はお礼として、どんな望みでも三つかなえてさしあげると言います。ふざけたやつだと怒った博士は「1トンの金を自動車の形にして、ここに置いてみろ」と言うと、魔神はあっさりと実現してみせます。それでも博士は信じないのでした。さて、この話の結末は?

●『宇宙のキツネ』

「宇宙研究所にキツネを連れた男が現れた」

この意表をつく出だしが良いですねぇ~。さて、この男が言うことには「キツネには、化ける種類と化けない種類」があり、化ける種類ばかりを集めて増やしてきたとのこと。そして、宇宙にこの化けるキツネを連れていけば、大いに役に立つと主張するのです。宇宙研究所の皆の前で、キツネはカラフト犬に化けてソリを引いたり、馬になって人を乗せたりします。もし、食料が足りなくなれば、牛か豚に化けさせて、食料にすればいいと言うのです。なるほど、確かにその通りと思った皆はさっそく試したのですが...。

オチが笑えます。

●『シンデレラ』

ある金持ちの老人のところへ、困窮した知り合いの探偵がぜひ何か仕事をまわしてくれと頼みに来ます。最初は色よい返事をしなかった老人ですが、相手があまりに熱心なので折れて「20年前に、ある女とのあいだにつくった、女の子」を探すように頼みます。その子の特徴としては、左手の小指がないこと、しりの右側におおきな火傷があることで、現在の姓も、どこにいるかもまったく分からないと言うのです。探偵はこの件を引き受けます。そして、数か月後...。

この話は、シニカルなエンディングを迎えます。

●『こん』

神経科医のところに、「目をつりあげた顔つき」の妻をつれた男がやって来ます。

「じつは、家内が、昨夜とつぜん、キツネツキになってしまいました。なんとか、なおしてください」
「キツネツキとは珍しい。どんなぐあいなのです、くわしく話してみてください」
「昨日の夜、わたしが家に帰ると、家内がとつぜん、目をつりあげ、こん、と一声高く叫んだきり。それから、ずっと、口をききません」

落語のようなオチが待っています。

●『ピーターパンの島』

「この時代。それまで長いあいだ、人びとと仲よくすごしてきた妖精や怪物たちは、いまやどこにもいなくなっていた。森が切り開かれると森から消え、インドやアフリカの奥地にハイウェイが縦横に通るようになれば、そこからも消え。湖や海の底からも消えた。さらに、南極の氷の下にも、月の洞窟にもいなくなり、火星の砂漠からも、虚空にひっそりと浮かぶ、たくさんの小惑星からも追い払われた。
妖精や怪物たちは、科学のにおいがきらいなのだろうか。神秘の霧は太陽系から一掃され、人びとは、妖精など宇宙のどこにもいないのだと、知るようになった。
妖精や怪物は、どの空間からも追い払われたが、しばらく前まで、過去という時間のなかには、まだ住んでいた。多くの人たちは、その過去の怪物たちをも退治しようとした。(中略)
こうして、過去という時間のなかに住んでいた怪物たちも滅亡していった。
しかし、妖精や怪物たちには、まだ最後のかくれ家があった。彼らに残されたかくれ家とは、一部の人たちの意識の底であった。もちろん、大部分の人間には、彼らのひそむ余地など残されていない。だが、時どきは、その余地を持った者が生まれるのだった」

本作は、そういう「余地を持った」子どもたち、言い換えると「皆と違う」子どもたちが、社会から受ける扱いを語る話です。先に触れた『合理主義者』もそうですが、星新一には合理主義に対してだけでなく、そもそも科学の発展というもの対する強い不信感があるのではないかというのは、今回の一連の再読を通じて感じることです。ちょっと、話が外れるかもしれませんが、最近の大学教育は社会に出てすぐ「役に立つ」学生を育てることを最大の目標にし、それを自らの存在理由にしているように見えるのですが、全学生にこれを押しつけるのは間違いだと思っています。私が大学生の時、「大学と何のための存在するのですか」というストレートな質問を某教授にぶつけたところ「学生にとって大学というのは一生退屈しないものを見つける場で、われわれはその助けるのが役割だ」という答えが返ってきたのには感銘を受けました。これは、基本的には、あらゆる教育に共通する原理ではないかと思います。個人的に振り返ってみても、大学で過ごした「無駄な」時間が、結果的に、自分の人生には有益だったと感じています。妖精や怪物に限らず、人生には「無駄な」時間が必要なのです。

●『愛の通信』

地球ではさっぱりもてない男が「どこかの星には、きっと優しくて美しい女性がいるにちがいない」と思い、思いのたけを全宇宙に向けて発信します。すると返信があり、彼女の写真を送ってもらいます。

「地球の女性と同じ、いや、はるかに美しい女性だった。輝くように白い肌、情感をたたえた目、やさしく、ほほえみかけてくる口」

男は一目で夢中になり、さっそく彼女は宇宙船で地球へむかったのでした。

当然、こんなうまい話はありません。実は、1950年代の某B級SF映画のヴァリエーションです。

●『ゆきとどいた生活』

自動装置がゆきとどき、朝はやさしく起こしてくれ、シャワーをあびせてくれるし、服を着替えさせてくれるし、髭は剃ってくれるし...という生活を送るようになった人類ですが、ちょっと落とし穴がありました。

●『薄暗い星で』

古くなったロボットを廃棄する星がありました。大気には、金属を腐食させる成分が含まれており、ロボットは次第に「死んでいく」のです。ただ、そもそも「死」とか「怖い」ということが、彼らには理解できません。それでも、彼らは地球を懐かしみながら「死んでいく」のです。

ブラッドベリの不朽の名作『万華鏡』のヴァリエーションではないかと思います。

●『殉職』

この作品は、掟破りかもしれませんが、ラストを紹介します。

「みなさんも、心当たりがないのに幽霊が現れたりしたら、こわがったりせず、この男のように首をしめ、完全に殺してあげて下さい。みな、どんなに喜ぶかしれない」

さぁて、どんな話だと思われます?


この中からベストとなると難しいですが、個人的嗜好を前面に出して『ピーターパンの島』と『薄暗い星で』にしておきます。やっぱり星新一の世界は独特ですね。おまけに、油断していると、時折ガツンとやられますから、気をつけないといけません。
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  • 掲載日:2026/04/23
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