ポーランドは、ドイツとロシアに挟まれた小さな国である。ホロコーストというジェノサイドの最大の現場であり、またユダヤ人にとっての悲劇の舞台でもあった。その複雑な歴史的記憶が秘められたワルシャワで、ユダヤ人の子供たちをその危機から救う地下活動に携わった人々がいた。ソーシャルワーカーとしてレジスタンス活動をし、ナチスに迫害されているユダヤ人を救うために自主的に立ち上がった人たちである。
彼女、彼らが救出した子供たちの人数は2500人に達した。ゲットーから監視の目を盗んだり、責任者に賄賂を使い、子供たちを連れ出し、修道院などに匿った。その活動の中心にいたのがポーランド人女性、イレナ・センドレル(1910~2008年)であった。当時25歳、身長は150cmほどの小柄な女性である。
これは、イレナを中心にユダヤ人の子供たちの救済に立ち上がった史実に基づいた、ドキュメントな物語です。SSとその下部組織であるゲシュタポとの攻防が壁一枚、玄関ドア一枚を隔てたアパートやゲットー内での数秒の間合いの判断ミスが、命を分ける。
「落ち着いて、顔から感情を消し、平然と振る舞うこと。わたしに怯える理由があると、この連中に悟られてはならない。びくついていることを知られてはならない」
──本文より引用
あらゆる日用品を活用して子どもたちを移送した。それは作業員の南京袋や、トラックの荷台の箱の中だったりした。年長の子どもたちは下水道を歩かされた。今ほど衛生環境がゆきとどいていない地下隧道を歩くと糞尿にまみえざるをえない。細菌性の大腸菌に感染した子供たちも多くいた。
ゲットーに隔離された病気の子供たちを診療した医師にヤヌシュ・コルチャックがいた。コルチャック先生が子供たちと一緒にトレブリンカ絶滅収容所への移送列車に乗り込んでいくところは、ヒポクラテスの誓いに殉ずるかのようで崇高な倫理的強靱さにただただ畏怖するしかない。
「ユダヤ人評議会に延期を頼みましょう、先生。お願いですから、ぼくといっしょに来てください。これはやめさせられます。(中略)子供たちを置いていくわけにはいかないんだ。一瞬たりとも」 ──本文より
それにしても主人公イレナのブレない生き方の信条は、両親から受け継いでいる。医師であった父親は、感染症に罹患した貧困家庭の子供たちを熱心に診療し、自身が細菌に感染して若くして亡くなっている。イレナがゲシュタポに拉致され、殴打され、足を骨折させられてもその強靱な信念は揺らぐことはなかった。そんな彼女を支えたのがレジスタンス活動で知り合った恋人のユダヤ人アダムであった。
イレナたちにとって最大の宝物が匿ったユダヤの子供たちの名前と住所録が記載された文書であった。これは終戦後に子供たちにとってはどこの誰かを確定させるための住民票や戸籍みたいなもので、ゲシュタポもこの住所録を探し回っていた。
イレナたちはこの2500人分の文書を瓶に詰めてリンゴの木の下に埋めたのである。「瓶に詰めた」と聞くとロックバンドPOLICEのMessage in a Bottleを想起した。話はそれたがこのイレナたちの物語は、ポーランドという国の複雑で今も解消されない歴史的、地政学的、宗教的な問題が匿われているような気がする。一番に悪どいのはナチスドイツであるがソビエトロシアもしたたかな悪意に満ちている。常に戦争の犠牲になるのは隣国の小国であり、子供たち、女性たち、障がい者たち、高齢者たち、小さき者たちであることだけは真実である。
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