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空襲で身よりも財産も失ったヒルデガルドは、リッチモンドという大金持ちの妻の座をまんまと得る。それはリッチモンドの秘書コルフのお陰だった。しかし、肝心の遺言書き換えの前にリッチモンドは死んでしまう。

わらの女【新訳版】
こちらも「やりなおし世界文学」の一冊。昔、創元推理文庫を買って巻末の文庫リストを眺めた時、作家名がアイウエオ順に並んでいたので、最初に来るアルレーの名は知っていたが、初読である。

主人公と言ってよいかわからないが主人公格なのがヒルデガルド・メーナーでハンブルク出身の翻訳を仕事とする30代の独身女性である。時代は第二次世界大戦から少し後、彼女はハンブルク大空襲で肉親や財産を全て失っている。彼女が毎週課しているのが金曜の新聞の求縁広告である。目にしたのが、「当方、大資産家。良縁求む。願わくばハンブルク出身、未婚、世間知らずではなく、身よりも家族もいない、贅沢が肌に合い、旅を好む女性」というものだった。彼女は容姿に自信があり、カンヌに旅立って広告主アントン・コルフと会った。偏屈な老人を想像していたが思いの他に魅力的な紳士だった。ところが彼は大資産家のカール・リッチモンドの秘書に過ぎなかった。お相手はまさに偏屈で人嫌い、女嫌い、車椅子に乗りヨットで世界中を旅する老人である。コルフは、自分は秘書として長年彼に仕えたが、遺言書を見る機会があり、リッチモンドの死で遺贈されるのはたった2万ドルだという。彼はヒルデガルドを金になびかない自律した、リッチモンドの好みそうな女性に仕立て、結婚させて遺産相続人にし、それが成功した暁には、自分に20万ドルの贈与をする、という契約を持ちかける。担保として、ヒルデガルドにはリッチモンドとの結婚後の姓で20万ドルの小切手を切らせる。その代わりコルフはリッチモンドの前でどう振る舞うべきかを懇切丁寧に指南する。ふたりの作戦は上手く行き、リッチモンドとヒルデガルドはギリシアで結婚し、その後、ヨットで地中海、大西洋を渡ってニューヨークに行く。いったん、夫婦になってしまえばリッチモンドもヒルデガルドにそれほど不愉快な態度を取ることはなく優しい面を見せてくれた。だが入港をその夕方に控えた朝、ヒルデガルドはリッチモンドが自室で死んでいるのを見つける。朝食を運んで来た使用人を上手く誤魔化し、コルフに報告すると、遺言書の書き換えの手続きがまだ済んでいないという。書き換えようとした遺言書では、財産の大半がリッチモンドの名を冠した慈善事業に遺贈することになっていた。このままではふたりとも財産を手に出来ない。コルフは、夫をまだ生きていることにして、ニューヨークの屋敷に運べという。その間、彼は大急ぎでヒルデガルドを相続人とする新しい遺言の登録をする。死体を生きているように見せて運ぶなどヒルデガルドにはとてもできない相談だが、とうとう彼女はコルフの指示に従うことにした。死体を車椅子に縄で縛り付け、上からジャケットを着せて縄を隠し、サングラスと帽子、マフラーで覆う。体調が優れないという理由でヒルデガルド自らが付き添い、埠頭でヨットのタラップに横づけされた専用車に車椅子こと乗せる。運転手は暑い車内でマフラーを取らないリッチモンドに驚いていた。それでも何とか屋敷に着き、ヒルデガルドは死体となった夫と部屋に閉じこもった。そして新しい遺言の登録を済ませて駆けつけてくるコルフをじりじりと待っていた。

話の展開が早くとても面白い小説である。徹夜小説と言って良い。前半の大金持ちを手玉に取るヒルデガルドの描写は著者が楽しんで書いたのだろう。後半、パニックになったヒルデガルドと好対照である。題名の「わらの女」の意味は、新訳版の本書では241頁のコルフの言葉にある。だが意味を書くとネタバレになるのでここでは書けない。本書は遺産相続が主題だが一読して、自分にもわかる大きな欠点がある。その点は巻末の解説で新保博久氏が議論しているが、そこが評価の分かれ目だろう。読み終わらないと、この欠点をどう考えるべきか判断できないが、読んでいる最中は次の展開が待ちきれず、そういう意味ではこの欠点はあまり気にならない。
なお、本書は第二次世界大戦末期に大変な空襲を受けたドイツの都市ハンブルクを上手く材料に使っている。この空襲の激しさはノサックというドイツ人作家が「死神とのインタビュー」という作品集の中の「滅亡」という短編に非常によく描写している。フランス人の著者アルレーはこのドイツの空襲を単なる辻褄合わせ利用しているのではなく、この点では史実に論拠を置いているのがわかる。
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  • 掲載日:2026/05/06
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