実をいうと私、「男女は平等であるべきだ」と思っている。
子どもの頃から「女の子らしくしなさい」なんて言葉は大嫌いだし、
男の子用は青、女の子は赤なんて色分けは馬鹿馬鹿しいと思ってきた。
やたらと胸の大きさを強調する女性が描かれた表紙の本をみるとゲンナリするし、
学生時代「女性学」の講義があるのになぜ「男性学」はないのかと
喧々諤々議論した想い出もある。
就職先を探すにあたっては、
結婚しても子どもができても働き続けられる職場であることを重視して選択したし、
男女の別にかかわらず、同等の労働には同額の賃金が支払われるべきだとも考えている。
そうではあるけれども、
私は結構、赤やピンクが好きだし、可愛いものも大好きで、
ヒロインのハートを盗む怪盗が主役の小説や
ロマンティックコメディーにも目がない。
重い物を持って貰えば嬉しいし、
車のメンテナンスなどは自分の仕事だとは思っていないフシがある。
○十年前に結婚した際にも、
不本意ながらも夫の姓を名乗ることにそれほど抵抗しなかったし、
よく考えるととんでもないジェンダー観を露呈している歌詞を
洗濯物を干しながら口ずさんでいたりもする。
そんな私だからだろうか
この本はメチャメチャツボだった。
当初図書館から借りてきたのだが、
すっかりはまってしまって
1/4ぐらい読み進めた時点で観念して購入してしまった。
この本の著者ロクサーヌ・ゲイは、小説家であり大学教員でもある。
大学で彼女は、数少ない女性教員であると同時に
学内でただ一人の黒人の教員でもあるという。
そんな彼女が時に鋭く、時に馬鹿馬鹿しく、ユーモアたっぷりに書き綴るのは、
自身の経験を絡めたアメリカ社会のことや、小説のこと、
TVドラマのことや映画のこと等々、
歩けば、いや歩かなくても目を開けるだけで
否が応でも目にし、耳にし、考えざるを得ない
「女であること」や「黒人であること」にまつわるあれこれだ。
“フェミニスト”という呼称はこれまで
「難しくて、怒りっぽく、男嫌い」というイメージを持たれる場合が多った。
同時に“フェミニズム”はそうと定義づけはされていなくても
「白人の中流から上流階級に向けられたもの」であると考えられてきた。
ゲイはそういったことに疑問を呈し、
ごく自然な語り口で、とても身近なあれやこれやを評してみせる。
あるいは彼女の主張は
“フェミニスト”を自認する人たちからすると
一貫性がなく軟弱であると非難されるかもしれない。
けれども、その矛盾したあれこれを抱えていることを率直に認めつつも
なにが嫌で
なにに憤るのか
その都度立ち止まって考え
声を上げていくことの大切さを
この本は教えてくれる。
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