昨今ではトランプ大統領就任時、コンウェイ大統領顧問の、オルタナティブファクト(もう一つの事実)発言で思わぬ時宜を得た約70年前、1949年に発表された近未来SF作品。2009年に発売された高橋和久氏による新訳本を見つけて購入しました。ジョージ・オーウェルのデストピア小説、というより、デストピア小説の代名詞。1984というのはもちろん年号。実際には、アップルがマッキントッシュを発表したり、映画ターミネーターが公開されたり、金正恩が生まれ、テレサ・テンが『つぐない』を、歌った年。
主人公は、世界の三つの超大国のなかの一つ、オセアニアのロンドンで暮らすウィンストン。ウィンストンは身分階層、上層、中間層、下層の三つに分けられたグループの中間層・党外郭の一般党員に所属している。真理省の記録局のポストにあり、過去を改変する職務にいそしんでいる。例えば、過去、インド戦線、当面異状なしなどの“独裁者・ビッグブラザー”の時節の戦争予言記事が的中することなく現在齟齬をきたしたら、過去のタイムズ記事の記録の方を抹消、書き換えてしまう。(財○省のように)そんなウィンストンが貧民街の古道具屋で買った古いノート本におぼつかない日記をつけるところから物語は始まります。日記を残すこと自体が“思考犯罪”の予兆とされ、日常を脅かす危険な行為です。
反ビッグブラザー、反党独裁の地下組織“ブラザー同盟”の一員と密かに目され、表立っては、身分階層の上層・党中枢のメンバーであるオブライエン、また虚構局の一般党員であり、反セックス青年同盟のボランティア活動にはげむジュリアとの交流を期に、ウィンストンは一党独裁による、監視、管理社会の秘部に一歩一歩踏みこんでいく。
裁可委員会に認められなければ結婚もままならず、党員同士の不特定の交わりは極めて罪深い性犯罪、同じ敗北なら、いっそましな敗北を、と振りきれた密会を続けるウィンストンとジュリアが切ない。性の厳格主義を標榜する党の支配下、ジュリアの頬骨を照らす細やかな化粧道具は党の禁制品。合成スミレの香水の香りを鼻孔にウィンストンは、自然の理法として(党組織に対し)個人の負けは自明の理、自分らはもう死人だ、と潔く観念しています。
やはり、本作品の出色は、二重思考。記録局は、当たり前でありますが、過去が改変されていることを知っている。知っていて、改変される前の事実はもとより、改変した行為自体、自己欺瞞なしに忘れ去らねばならない。そんな現実コントロールの思考能力、精神技術が二重思考です。過去、雲散霧消した中世の専制政治や教会の異端審問、20世紀の全体主義の“挫折”の連鎖を絶ちきり、恒常的に独裁権力を保持する心的態度として本作の中核を担う概念に位置付けられている。そのエグさ、プロパガンダ、監視社会等、多かれ少なかれ、テクノロジーにより、より狡猾になった今日、他人事といってしまえない心許なさ、そんな本質的な怖さが本作が読み継がれてきた理由、魅力だと思いました。
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