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※ネタバレ注意!

笑いは権威を剥奪する

現代思想の遭難者たち 増補版
『現代思想の遭難者たち 増補版』いしいひさいち/著を読む。


かつて『エピステーメー』という雑誌があった。確か朝日出版社から出ていたのだが、内容、体裁ともにきわめてアカデミックなもので、『論考』とナイキのレザーコルテッツを天秤にかけて、ためらわずにナイキを選んでしまう(実話)劣等生のぼくは買わなかったが、周囲の哲学科の学生はこれみよがしに小脇に抱えていた。

筒井康隆は『エピステーメー』の難解な内容を笑いのネタにしていた。日本語なんだけど意味不明瞭、わけがわからないけど、笑える。隣の席にいたヤツは、コーランのように崇め奉っていた。随分前になるが、ようやく彼が哲学科の助教授になったことを名古屋の大学で図書館司書をしている友人からのメールで知った(付記―この後、教授になった、祝)。

筒井のような試みを四コマ漫画に革命を起こした(by夏目房之介)いしいひさいちがしているのかとページをめくったら、驚いた。作者の持ち味である権威を徹底的にこきおろす底意地の悪いカリカチュアもさることながら、思想家たちのこなし方が、あっぱれなのだ。

ハイデガーなら当然ナチへの傾倒ぶりを揶揄するだろう思ったら、していた。でも、ここまで、あからさまだとは。ラッセルとウィトゲンシュタインは、まさに天才、天才を知るとという例なのだが、ウィトゲンシュタインを大金持のボンボンの変人的扱いには、そりゃそうだなと苦笑してしまった。よーく見てみると、若かりしフーコーはマッシュルームカットなのだ。

コマけえ!現象学の始祖、現代思想の源流ともいうべきフッサールやカフカ、難解の権化ラカンも作者のペンにかかると、なぜか俗っぽくて、妙にいきいきと感じ取られるのだ。

レヴィ=ストロースの交換原理の一例である「未開人の婚姻」を援助交際に落としてしまうあたりが冴えている。ま、援交も交換原理といえなくもないのだが。

ぼくがいちばんおかしかったのは、デリダがカラオケで十八番の「パローレ、パローレ」を歌うコマ。原曲名は『パローレ、パローレ』、ダリダが歌い、アラン・ドロンが語っていた。日本では『甘い囁き』という題名で、中村晃子と細川俊之でヒットした(ネタバレだと感じた人、ごめんなさい)。

本書は元々「『現代思想の冒険者たち』という全集の月報に掲載されていたものに大量の書きおろしを加えた」ものだそうだ。編集部の注も丁寧で適切で、漫画と注の合わせ技1本といった感じ。
ふざけているけど、ふざけていない。ただし、情報量は多いので、いちどきには読まないほうがよいだろう。

ゆるゆる読むと、思想家たちの理念や相関関係がうっすらながらもわかる。この知の系譜を知るだけでも、随分と違うはず。茶化してはいるが、ただそれだけではない。鋭い批評にも思える。入門書としても、かなりできが良いと断言してもかまわないだろう。さすが「おもしろくてためになる」がキャッチフレーズだった講談社の本だ。

暇に任せて考えてみた。サルトルだったらボーヴォワールとの夫婦ドツキ漫才とか。マルクスだったらマルクス兄弟とボーイズものとか。バルトの答のない『ちょっと聞いてよ、生電話』、エーコだったら、中世の修道院を舞台にしたホラー漫画仕立てで、呪文は「エーコエーコアザラク」というのはどうだろ。どうもこんな月並みなネタしか思い浮かばない。




  • 掲載日:2023/02/18
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