だいたい若い作家のデビュー作というのは、自分の年齢相応の人物(だいたい自分の性格に補正が入ってる)や架空キャラは書けるが、年齢が上の人物については想像の域を出ないので、どうしても“作った”感が出てしまう。
だから24歳のドストエフスキーが、人生も半ばに差しかかった48歳のくたびれた官吏マカールの悲哀を描けたというのは素晴らしいことだ。
そうはいっても40代で世間ずれしていない所がある。例えばワルワーラも自分も金がなくて、金を貸してくれそうな人を次々訪ねて回る場面などがそうだ。両者とも「担保は?」って聞いてくるのだが、なぜかマカールは担保なしでも貸してくれるもんだと思い込んでいる。いや、ほぼ初対面だからありえないから。
不幸のなかにあっても高潔で毅然とした人間であってください。貧困は悪徳にあらず、ということを覚えていらしてください。
と励ましつつも、結局は富裕なブイコフとの結婚を択ぶワルワーラの方が、よほど人生を達観している。
ここからのマカールの動揺っぷりも、見ようによっては情けない。
あなたは、あっさりと求婚を受けておしまいになった。むろん、すべては神様のご意思です。それはそうです。必ずそうに違いありません。たしかにそこには神様のご意思が必ずや働いているのでしょう。そして天の創造主の摂理は、むろん善きものであり、しかもはかり知れないものです。運命も、まったく同様です。
と神の名を出してまで一旦は納得。ここで彼が神の名を出したのは、先に
あらゆる境遇は、至高の神によってそれぞれの人間の運命として定められているのです。ある者は将軍の肩章を身につけることが定められ、別の者は九等官として勤める定めです。ある者は命令し、別の者はびくびくしながら従順にそれに従う定めなのです。これはそれぞれの人の才能によってすでに決まっています。
と述べて運命を甘受しつつも神を信じて人生を乗り切っていこう、とエールを送っているからだ。これは正しい事なのだ、と何度も自分に言い聞かせる彼の姿が見えるようだ。しかし最後には
これが最後の手紙だなんて、そんなことがあっていいわけがありません。だってこんなに急に、これがどうしても最後の手紙になるなんて、どうしてそんなことが!冗談じゃない、私はこれからも書きますよ、あなたも書いてください…。
自分より遥かに年下の女性に懇願している。
こんな切ない悲恋を最初に書いてしまったら、後に続く恋愛に幸せなものがあるのだろうか?
ドストエフスキー作品
賭博者
ステパンチコヴォ村とその住人たち
罪と罰 上巻
罪と罰 下巻
悪霊〈1〉
悪霊〈2〉
悪霊〈3〉
白痴 1
白痴 2
白痴 3
白痴 4
カラマーゾフの兄弟1
カラマーゾフの兄弟3
カラマーゾフの兄弟4
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