集英社から、辻邦生さん責任編集による評論集『世紀末の美と夢』が出版されたのは、1986年の6月から12月にかけてでした。これは、<世紀末>をテーマに19世紀末の文化を、フランス、ドイツ・オーストリア、イギリス、ロシア、イタリア・スペイン他、非在の土地という6つの地域別に、人物や芸術・事件という角度で、著名な作家や研究者が論じた、全部で6冊からなるものです。辻さんはこれらの書のなかで、それぞれのオープニングには著者との対談を、エンディングには各号の内容に添った短編小説を掲載しました。その6つの短編を一冊に纏めたのが本書、『夜ひらく』です。
評論集『世紀末の美と夢』と、短編の趣旨について
辻邦生さんは、自身のなかで小説が形になるまで10年余もの期間を悩み、迷い、苦労をされたのだけれど、いざ小説を書くことができるようになってからは、お亡くなりになるまで小説という方法に執着し続けていらっしゃいました。例えば以前にレビューを書いた
『十二の肖像画による十二の物語』のなかでも触れたように、「当初依頼があったのは名画鑑賞的なものだったのですが、そういうものなら別に自分が書かなくても専門の美術史家か誰かでいい、自分はあくまで小説家として、小説を書かせて欲しい、と、辻さんのほうから出版社にお願いを」した、ということがありました。『世紀末の美と夢』に短編小説を書くことにした経緯も、辻さんは本書の「文庫版『夜ひらく』あとがき」で、次のように語っていらっしゃいます。
責任編集を受け持った私は、菅野昭正、高階秀爾、丸谷才一、埴谷雄高、塩野七生、篠田一士の諸氏と巻頭対談を行ったが、このシリーズの特色を出すもう一つの企画として、各巻ごとに、それぞれの文化的プロフィールと世紀末の雰囲気を色濃く湛えた短篇を書くことを引き受けた。
これは短篇のほうが、世紀末の知的展望をとりかこむ時代的気分を、より濃厚に実現できるように思えたからであった。
『夜ひらく』 集英社文庫/文庫版『夜ひらく』あとがき より
その『世紀末の美と夢』については後日、機会があれば改めて取り上げたいとおもいますが、参考に各巻のタイトルを揚げると以下の通りです。
・<第1巻>「憂愁のエロス/フランス」
・<第2巻>「華麗なる頽廃/ドイツ・オーストリア」
・<第3巻>「美神と殉教者/イギリス」
・<第4巻>「危機の胎動/ロシア」
・<第5巻>「没落の予感/イタリア・スペイン他」
・<第6巻>「夢想への逃亡/非在の土地」
そして、辻邦生さんは「あとがき」の最後で、さらに以下のようにおっしゃっています。
文学をパロディ(模作)として扱うことも、その本質は、文学をいかに生きたかの告白になる。『世紀末の美と夢』シリーズが終ってから、短篇だけを連作短篇集『夜ひらく』として独立させてみると、文学のパロディ意識も、結局は、私自身がいかにそれぞれの世界を生きていたか、の内面的展開にほかならないのであった。旅行記が旅行についての告白であるように、ここでは、私の文学体験が、面白さ、ストーリーの変化、人物、出来事、効果などについての告白であることが分る。
『夜ひらく』 集英社文庫/文庫版『夜ひらく』あとがき より
つまり本書に集められた作品は、いずれも辻邦生さん自身の文学体験による文学のパロディであり、物語をどのように創作したかという、具体的な例示というわけです(因みに文学の「パロディ」という表現は、先にレビューを書いたトーマス・マンの
『ファウスト博士』のなかに出てくるものでもあります)。
個々の短編のあらすじ
6つの短編は、それぞれ『世紀末の ⎯⎯ 』の各巻に合わせた場所が舞台になっています。そして、モチーフとなった宝石が妖しく光り輝くなかで、女性を巡って物語が展開されるのです。そのあらすじは以下の通りです。
●パリ「十月の死の匂い」
自分の屋敷の窓に嵌め込まれた彩色ガラスに描かれた、ギリシア神話に登場する女性像アンドロメダには必ずモデルがいると、屋敷の主ジュリアン・ド・ラクール伯爵はずっと考えていましたが、そのアンドロメダを演じた女優、エレン・ホークスに恋してしまい、彼女と同棲を始めます。しかしあるとき、ひょんなことからアンドロメダにそっくりな女性マリ・トレモーを知り、ド・ラクールはエレンと別居、何とかマリ・トレモーと結婚したいと思うようになります。そんな頃、アフリカで発見された親指大の翠玉(エメラルド)が競売に掛けられることを知り、これをもってマリ・トレモーに結婚の申し込みをしようと考えた伯爵は、何としてもこの宝石を手に入れようと、競売場主人のドルオーに相談を持ちかけるのです・・・
●ウィーン「狩人たちの午後の歌」
農家の娘、イルマ・ハルトゥンクは穀物商フランツ・エーヴィッヒに言い寄られ、彼と一緒に暮らすようになります。その頃フランツは、出世や社会的地位のためにある伯爵家の娘、エレオノールと結婚していたのですが、伯爵家のほうでも当時既に、時代の波から取り残されるように衰退していて、金持ちのフランツとの結婚は願ったり叶ったりだったのでした。でもフランツは、次第にそんなエレオノールとの生活に息苦しさを覚えるようになり、イルマに安らぎを求めたのです。彼はイルマに紫水晶の指輪を贈りますが、イルマがフランツの子を産んだ頃からイルマの身辺で不可解な出来事が起こるようになり、やがて、フランツは失踪してしまいます。フランツは殺されたと思い込んだイルマは橋の欄干から身を投げて自殺しようとしますが、元龍騎兵大尉で失業者のペーター・ドロメルに救われることになります。話を聞いたペーターは、自分がフランツを探し出してやろうと奔走するのですが・・・
●グラスゴウ「ガラスの帽子と赤い薔薇」
ティールームで読んだ「グラスゴウ新報」に載っていた事件 ⎯⎯ エミリーという女性が結婚直前に、婚約者のハンスを雪崩で失くしてしまったという話 ⎯⎯ に触発されたウィリーという若者が、記事の中の女性と同名の恋人エミリーに、結婚の贈り物としてガラスの帽子を作ることを思い至ったのは、雪崩で行方不明になったハンスが50年後、70歳のエミリーの前に氷漬けとなって発見されたと記事にあったからでした。失踪する直前エミリーが贈った真っ赤な薔薇もそのときのまま、ハンスの帽子に飾られていたというのです。そんなとき、ある雪の晩に長年疎遠だった異母兄のトムがハンスの前に現れ、大きな古い鞄を預けて言うには、これを開けずに保管してくれ、と。開ければ不幸になるが、自分が戻るまで開けないでいてくれたら、二人とも幸せになることができる。けれどそう言って出ていった兄は、翌日凍死体となって発見されます。それを知ったウィリーが鞄を開けてみると、中には大金と一緒に紅玉(ルビー)の指輪が入っていて ⎯⎯
●ペテルブルグ「吹雪の夜のヴィーナス」
ある田舎に生まれたアンドレイは両親がいなくなっていましたが、育てられた親戚の計らいで、ペテルブルグの遠縁の裕福なゴリーツィン家から大学に通うことを許されます。ゴリーツィン家の玄関ホールの正面階段を上った踊り場には、等身大の、輝くばかりに白いヴィーナスの大理石像が飾られていました。アンドレイはこの像に心酔し、亡くなった母から貰った月長石(ムーンストーン)を像に捧げ、祈るようになります。ゴリーツィン家では、大学卒業後アンドレイを自社で雇うことを考えていたのですが、ある日、アンドレイは乞食の少女にお金を与えたことで、他にも救いを求めている子どもや大人が大勢いることに気づいてしまいます。そんな中、アンドレイは貧乏から初めて体を売ろうとしていた少女、フェニアと出会い・・・
●ミラノ「星空のメリーゴーラウンド」
憂鬱な顔で塞ぎ込んでいる天使ラファエルに天使の本分を悟らせようと、天使長ガブリエルとミカエルは、様々な条件をつけてラファエルを人間界にやることに決めます。その際天使ラファエルには、下界で人間のように収入を得る手段として、星屑を集めて宝石のように売ることにさせました。その星屑は4、5日経つと、またもとのように空に戻ってしまうのです。
そんな頃、子どもの頃から都会で宝石磨きの職人になりたいと思っていたルイジは、あるきっかけからミラノの宝石店、ジュリアーニ宝石店に徒弟として入ることを許されます。そのジュリアーニ宝石店は、何者かによって持ち込まれた大顆(おおつぶ)のダイヤモンド<イスタンブールの星>で噂になっていました。ルイジは次第に、この<イスタンブールの星>のことが頭から離れなくなり、水晶をそっくりに磨いてそれを持ち歩くことで気を紛らせていたのですが、ある日とうとう、本物と偽物とをすり替えてしまいます。けれど、それを外に持ち出した途端警官の眼が怖くなり、どこかに隠そうと、たまたま露店の屋台いっぱいに並べられていたガラス細工のダイヤモンドの中にそれを突っ込んでしまったのでした ⎯⎯
●彼方へ「逃亡者たちの砂時計」
双子の兄弟の弟で詩人のシャルル・アンドレは、自分を取り囲むものとの絆が切れてしまった、という理由から、一箇所に長く止まっていることができず、10年ものあいだ放浪生活を続けていたのですが、やっと、湖に沿ったある都会に落ち着くことができるようになります。一方、古典学者の兄のアンドレ・シャルルは、一度書斎に籠ってしまうと何日も閉じこもったきり、ほとんど外に出ることなく書物に埋もれて研究を続けるという暮らしぶりでした。
ある日、シャルルはオッティーリエ夫人という女性と知り合い、彼女に恋するようになるのですが、オッティーリエはガラスに女の顔が浮き彫りにされた、赤い砂の砂時計を持っていました。その砂時計の砂は落ちることなく上部の円錐形の部分に溜まったままで、それが落ちない限り所有者には永遠の命が約束されると言われていたのです。でも、それと全く同じ作りで男の顔が浮き彫りにされた砂時計がどこかにあり、二つが出会うことで砂は落ち始め、同時に持ち主の命は二人とも失われることになる、と。そして、シャルルは一方の砂時計が兄のもとにあることを知っていました。シャルルはそのことをオッティーリエとアンドレの両方に秘密にし、二人を絶対に会わせまいと画策するのですが・・・。
以上が6つの小説のあらすじです。
本短編集についておもうこと
本書に収められた短編のなかには、『世紀末の ⎯⎯ 』で取り上げられた実在の人物やら事件が登場するものもあります。そうした、19世紀の事実と取り合わせるように、ギリシア神話やらシェイクスピアやら、あるいはダンテの『神曲』すらも、辻さんは参考にされていたような気がします。そんな、誰もが一度はどこかで出会ったことがあるような古典などを臆面もなく利用しながら、6つの短編を味わい深いものに、辻さんは仕上げていらっしゃいます。そんなわけで、本書に収められた作品の楽しみは、ミステリアスでエロティックな、そしてときにはユーモラスなストーリーを存分に堪能すること、そこに見え隠れする古典などのパロディに出会うこと、この2点だと僕はおもいます。加えるならば、辻さんが如何に楽しんでこれらの作品を書き上げたか、そこにまで、僕はおもいを馳せずにはいられませんでした。
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