主人公の息子のセリフが本書を象徴していた。
「ヤクザと仲ようドライブしとって、何が御仏や」
坊さんのトップになるある男の話しだが、山崎さんの白い巨塔に似ていた。正義感から上司たちの不正をただすためヤクザと手を組んだ時から、この人の運命は狂ったと思います。人を平気で殺害したり、仏像窃盗犯に仏像のありかを教えたり狂っているとしか思えない。あの善人が出世のため狂っていく姿は空しい。親友とまで袂を分かつ。未成年の舞妓を愛人にする。坊さんがそんなことしていいわけがない。
彼が得たのは何だったのか。空しい。すべてが無と最後に悟るのだが、それは皮肉なのか。
実際の坊さんに、こんな破戒僧はいないと思うが、こんなクズはそんなにいないと思うのだが、最後まで自分が仏教の力で幸せにすると思い込んでいるところが怖い。そのために悪いことまでやり、魑魅魍魎の世界に足を突っ込み皆を破滅させたのだが、結局、その人生に残ったのは虚しさだけ。
ちゃんとした仏教でさえ・・・こんな風なら、それこそ新興宗教は何でもありなのかもと感じてしまう。
みんなを幸せにするため、誰かを犠牲にしても仕方ないという考えが出た時点でもうそれは宗教家として失格に感じた。
バブルの時、土地を取得するため墓地でないのに墓地を偽装するというエピソードが出てくるが、そういうことあったかもと感じてしまう。寺の経営のため金が必要で拝観料などと同じ発想なのかもしれんが、もうその発想をしただけで仏教者としてダメなのではないかと感じました。
人間は権力欲にとらわれると何でもやる。その怖さを痛切に感じました。
2026 5 6
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