この本には小さなアーケードを舞台にした10編の物語が収録されています。10編の物語はそれぞれが独立した内容ではなく互いに関係しています。さらに前の物語よりも以前の出来事が後の物語で書かれています。
舞台となるアーケードは古びていて、さらに町の再開発で真新しい建物に取り囲まれています。まるで何かの拍子にできた世界の窪みだと著者は表現します。また、アーケードの入口にある"輪っか屋"と呼ばれるドーナツ専門店だけは少年少女たちが来て賑わっています。少年少女たちは"輪っか屋"の奥に続くアーケードに気づくことはありません。この"輪っか屋"を描くことでアーケードの他の店の静かさや寂しさが際立ちます。
主人公はこのアーケードの大家の娘でありアーケードの配達係をしています。アーケードの店には使用済みの絵葉書や義眼などの品物が置かれていて、誰も買いそうもないこれらの品物を必要とする客がやって来ます。このアーケードに来る客は何かしらの悲しみを抱えています。アーケードの店の人たちはその悲しみを理解したうえで丁寧に応対しています。
アーケードの客だけでなく主人公にもいくつかの悲しい出来事が起こります。その時に主人公はアーケードのドアノブ専門店で雄ライオンのノブがついた扉の向こうにある窪みの静けさと暗がりに身を置きます。
この本では悲しみを抱えた客を迎え入れる小さなアーケードという窪みと、主人公の悲しみを受け止める雄ライオンのノブがついた扉の向こうの窪みが平行して描かれています。悲しい出来事が起こった時に身を置くことのできる窪みは私にも必要かもしれない。本を読み終えてそんな気持ちになりました。
この書評へのコメント