歴史というものの理解には現代の状況が強く影響を与えるということは、日本を取り巻く各国の歴史教育というものを見れば分かります。
それは日本の歴史も同様であり、相手方から見ればまた別の感覚もあることでしょう。
これは一般人の理解だけでなく、その道の専門家であってもやはり客観的とは言えない見方が支配することがあります。
それでもできるだけ共通の理解に向かおうと、努力はされており共同研究が行われることもあります。
この本ではそのような二国間の歴史について、それぞれの立場から見たものを取り上げて紹介していきます。
その二国とは、日中、日露、日英、日独というもので、各国の近代の相互関係をそれぞれまとめた歴史研究を歴史学者の加藤陽子さんが読んでまとめるという形になっています。
また、その加藤さんの文章とは別にモリナガ・ヨウさんがマンガにして1ページにまとめたものも付けられており、その文章とは付かず離れずといった風情も面白い味になっています。
日中関係では、両国の歴史学者が共同で執筆した「国境を越える歴史認識、日中対話の試み」など4冊を取り上げています。
日露戦争は中国に勢力を伸ばそうとしていたロシアと日本の間で戦われましたが、その戦場は中国でした。
その時点では対ロシアの意識は強くとも対中国のそれはあまりなかったようです。
1927年に当時の田中義一首相が昭和天皇に対して中国への侵攻計画を上奏したという「田中上奏文」というものが宮中から外部へ流出したとされる事件がありました。
日本側ではその内容や形式の不備から早くからこれは偽文書だということで決着していおり、おそらく日本通の中国人が偽作したものだとされています。
しかし中国や台湾、ロシアなどでは現在でもこれを本物と信じる見方が根強く残っています。
それがなぜなのか、そしてそれによってどういった動きが出たのかといったことも詳しく検討している研究者がいるということです。
日英関係でもイギリスの勢力が徐々に退きアメリカに代わっていく中で、アジアに残った本拠地に日本が戦争を仕掛けたことになります。
緒戦では日本の大勝となったものの徐々に戦況は変わっていきます。
その頃には戦争の主役はアメリカとなりイギリスは存在感が薄れます。
対日戦争の最終盤には、英国軍上層部には天皇制を温存することのメリットがよく理解されていました。
しかし当時のイギリスのアンソニー・イーデン外相は1945年7月の段階で米国に天皇制温存の進言をすることはありませんでした。
イーデンの残した記録には「英国は米国側に天皇制を温存することを勧告するつもりはない。米国側は必ずやこのような勧告の受け入れを望んでおり、不本意ながら我々に同意したと言うだろう」とあります。
自国民を説得するに困難のある天皇制温存の問題をイギリスの責任にしてしまおうというアメリカの底意を見抜いてのことでした。
近代の歴史でも一つの見方だけではいけないということが明確に示されていると感じました。
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