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最初に読んだ時にも思いましたが、中国の歴史は「傾国の美女」だらけだったのですね。

  • レビュアー: さん
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  • 小説十八史略(一)
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  • 出版社:講談社
小説十八史略(一)
先日読んだ中島敦の『李陵』が印象的だったのと、陳舜臣の『玉嶺よ、ふたたび』を再読したこともあって、もう一度本作を読んでみたくなり、手に取りました。

Wikipedia によると、『十八史略』は南宋の時代、1320年代に曽先之によって最初に出版されたそうですが、その後、明の時代に複数人が手を加え、現在の形になったとのことです。この本の元となっている歴史書と作者は以下の通りです。

①『史記』- 司馬遷
②『漢書』- 班固
③『後漢書』- 范曄
④『三国志』- 陳寿
⑤『晋書』- 房玄齢他
⑥『宋書』- 沈約
⑦『南斉書』- 蕭子顕
⑧『梁書』- 姚思廉
⑨『陳書』- 姚思廉
⑩『魏書』- 魏収
⑪『北斉書』- 李百薬
⑫『周書』- 令狐徳棻他
⑬『隋書』- 魏徴・長孫無忌
⑭『南史』- 李延寿
⑮『北史』- 李延寿
⑯『新唐書』- 欧陽脩・宋祁
⑰『新五代史』- 欧陽脩
⑱『宋鑑』(以下の2書をひとつと数える)
 『続宋編年資治通鑑』- 李熹
 『続宋中興編年資治通鑑』- 劉時挙

題名が示す通り、本作はいわばダイジェスト版ですが、歴史上の有名人物や重要なトピックはカバーしているので、重宝な本です。また、「小説」と銘うっていますし、歴史書というよりは、史実に題材を求めた小説として読むべきでしょう。

なお、本作は全6巻の文庫本で、私は原則としては、出版の都合で何冊にも分かれていても、一つの長編は一つのレビューで書くようにしているのですが、本作の場合は、元々が18の異なる本ということもありますし、短編の集合体のような体裁なので、一巻単位にレビューを書くこととします。実際、夜寝る前に、少しずつ読むのに適しているような本です。


さて、第一巻の本書は、神話時代の三皇五帝に軽く触れた後、殷の末期(紀元前1030年頃)から語り始まり、周、春秋·戦国を経て、秦の始皇帝による中国統一(紀元前221年)、そして後に前漢建国の立役者となる張良による始皇帝暗殺失敗までが語られています。

殷の末期は暴君紂王の時代であり、それに仕えていた周の名主文王は子の武王と周公に決起を勧めらますが、拒否します。

「五百年も続いた王朝ぞ。一人の天子が不徳だからといって、そうかんたんに倒せまい」
「紂があれほど暴虐であってもですか?」
「まだまだ、あれぐらいでは、五百年の積徳が支えてくれよう」
「ほう、まだまだ暴虐さが足りませぬか」

この辺りの感覚を本書では次のように書いています。

「殷は神権政治の国体である。歴史家は殷王をエジプトのファラオに近いと論じているが、たしかに絶対者であった。紂も現人神として天下に君臨したのだ。
紂王の鶴の一声が全てを決定する」

そこで、「誰もが魂をうばわれてしまう」という未婚の美女がいることを聞きつけた周公は、その美女が結婚して娘が生まれたら、それを養女とすることを予め取り決めます。

「絶世の美女から生まれる娘は、やはりたぐいまれな美人になるだろう。美貌はそれ自体、強力な武器である。周公はそのうえに、美貌のもち主を幼少から訓練し、べつの力をもたせようとした」

要するに、酒と女に目がなかった紂王好みの女性となるように、この養女を教育し作りあげたのです。これが、妲姫(だっき)です。現在に至るまで伝わる「酒池肉林」という言葉は、妲姫が紂王をそそのかして、実現させたものです。その他にも、妲姫がそそのかした残虐行為がいくつか本作では紹介されています。

最初に本作を読んだ時に、中国の歴史には、なんと「傾国の美女」が多いのだろうと思ったものですが、妲姫は間違いなくその代表格です。なんせ神国を滅亡させてしまったのですから。そして、彼女が悲劇的なのは、政治と野望の操り道具だったということです。ただ、周公は彼女は自分では道具であることを意識しないで紂王好みの女になったと思っていたのですが、紂王が倒れ、殷王朝が滅びた時、周公の前に引き出された妲姫は、こう発言します。

「これで、いいのですね?あたし、りっぱに勤めたでしょう?」

何とか妲姫を助けたいと思っていた周公ですが、自分が周公の道具であることを知っていたとあっては、生かしておくわけにはいきません。

「『斬れ!』
かすれた声で周公は言った。
『ひぇーっ!』
という長い悲鳴が聞こえた。彼女の首は、黒い鉞(えつ)で切りおとされた。ふしぎなことに、彼女の首が血しぶきをあげて、胴体から切りはなされたのちも、その『ひぇーっ!』という悲鳴はしばらく消えなかった」

妲姫が印象的なのは、この最期があることも理由の一つなのは、言うまでもありません。

本巻からもう一人有名な「傾国の美女」を挙げるなら、実質的に周王朝の支配を終了させ、群雄割拠の春秋時代へ突入のきっかけとなった幽王の愛妾、褒娰(ほうじ)となるでしょう。「生まれた時から笑ったことがない」と言われた彼女でしたが、一度訓練のミスであげた大事発生の狼煙に慌ててはせ参じた諸侯の様子を見て笑った彼女の笑顔が見たいばかりに、幽王は何度も狼煙をあげ、本当に大事の時に誰も集まらなかったというエピソードのもち主です。ただ、彼女の場合は、その最期がどうだったかは不明とのことです。


さて、こんな風に印象的なエピソードを一つ一つ紹介していては、いくら枚数があっても足りません。春秋時代に、父と兄を騙して殺し、10年前に死んだ楚の平王の遺体を墓から引きずり出し、さんざん鞭打った呉の伍子胥(ごししょ)、戦国時代の合従連携をめぐる蘇秦と張儀の一種の知恵比べ、秦の法治体制を確立するものの、それが仇となって最期を迎える商鞅(しょうおう)、読心術の名手(と言うより、ほとんどエスパー)だった淳于髠(じゅんうこん)のエピソード等、多々興味深い題材はありますが、この拙文では省略します。

しかし、秦の始皇帝には触れないわけにいかないでしょう。春秋戦国時代を通じ、黄河周辺に留まっていた中華文化は拡大し、現在の中国の領土に近いところまで広がったのですが、この広大な領土を複数の民族若しくは国家が収めるのが常態であり常識だったのを、ひっくり返したのが始皇帝というわけです。彼は、秦の王族の一員として生まれました。しかし、実の父親は呂不韋(りょふい)という大商人であり、その愛妾が身ごもっていた時に、乞われて後に王となる子楚の妻となったのでした。そして、子楚も早死にしたため、わずか13歳で秦国王となります。彼の生まれにまつわる苦労は、本書で詳しく述べられていますので省略しますが、王となった後、実の父である呂不韋にはなった次の言葉は印象的です。

「血に甘えるでないぞ」

本作では、始皇帝のことを徹底的な合理主義者であり、かつ戦乱の世に終止符を打つには秦による天下統一しかないことを理解していたという風に記述されています。本巻でも、先祖のありがたみを部下と議論した時の発言が紹介されています。

「わしはいま王位にあるが、これは先祖からたまわったものではない。このわしをみよ。秦の王家の血をひかずに、この国に君臨しておるのだぞ」

焚書坑儒でも知られる始皇帝ですが、これでは儒教など受け入れる余地などなかったことが分かります。結局、呂不韋は自殺に追い込まれます。死に際して、こう述懐したそうです。

「あの若者、たのしみだ。...天下統一をこの目で見ることができないのは残念だが、骨肉の争いを見ないですむのが、せめてもの慰めだ」

始皇帝の部下の登用は、年功序列とはかけ離れたものでした。その代わり、冷酷でもありました。

「秦王が棄てたのは、ふるいしきたり、役に立たない人間だけではない。自分の立てた大方針に逆らう人間も、たとえ有能な人材でも、容赦なく斬りすてた。ただ棄てるだけでは、他国に拾われ、むこうで役に立つことになる。だから、斬ったのだ」

ただし、徹底した実力主義者であったことは、楚と対峙した際、既に引退した老将軍の必要兵力判断が正しかったとして、再度引っ張り出して、楚を滅ぼすことに成功した例からも分かります。この辺りは、織田信長を連想するものがあります。もちろん、信長の方が学んだのでしょうが。

六つの国を滅ぼした天下統一の後、秦王であった彼は、中国は一つということを明白にするため、各地で立っていた「王」という称号を廃止し、自らも「王」の代りに「皇帝」と名乗ることとします。中国史上初の「皇帝」であったが故に始皇帝だったのです。また、彼のモットーは「すべてを一つにせよ。共通にせよ」でした。「同文同軌」という言葉がありますが、それまで国によって少しずつ違っていた車軌や文字の統一を図ります。始皇帝は、中国各地を自ら車に乗り巡回していましたが、同文同軌を確かめるためでもあったのでしょう。この辺りの発想は、昨今の中国政治体制を連想させるものがあり、その意味でも興味深いです。

また、始皇帝は生涯何度も暗殺されそうになったことがあり、前述した張良の他にも二つ本作の中では語られています。ですから、自分の所在については極力秘密にしていたことも知られています。本書では、何気なくもらした言葉が、関係者に伝わったことに激怒した始皇帝が、いくら調査をしても、もらした犯人が分からなかったため、その場にいた全員を殺した例が語られており、独裁者がいる法治国家の怖さをみせつけるようでもあります。また、2千年前から、独裁者の発想は変わらない(進歩していない)ことの証明でもあります。


しかし、紀元前221年に中国を統一した秦は、紀元前210年に始皇帝が死んでから、わずか4年後に、後に前漢の高祖となる劉邦によって滅ぼされます。何代も秦の世が続くことを望んでいた始皇帝の夢は幻と消えますが、前漢の政治制度も秦を踏襲したこと、なによりも、現在も続く中国という概念を作りあげたという点において、始皇帝という存在がいかに大きなものであったかは、本作から感じとることができます。

そして、本巻に続く第二巻は、司馬遼太郎の名作『項羽と劉邦』(1980年)で描かれた、始皇帝の死から前漢の建国へと続く物語から幕開けとなります。
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  • 掲載日:2023/12/12
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