クラシックの名曲を取り上げたりクラシック音楽に関する本で、こちらが勝手に期待した内容と違っていてガックリ、ということは何度かある(直近では『音楽家は本を読む。』浦久俊彦、アルテスパブリッシング)。
実は本書も一抹の不安を抱えながら購入し読み始めた。というのも、Amazonの紹介文が「バッハの「超有名曲」は別人作だった? ドビュッシーの旋律はなぜ日本的?」などのような興味を引きそうな文言が並べられていたからだ。
ところがところが、読んでみると上記のような勝手な不安は一掃、いやそれどころかさすが最近の研究内容を盛り込んでいながら専門的な音楽用語などは極力避けて記述してあるだけあって実に面白いし、音楽の様々な面を照らし出してくれるもので、読んでよかった、と思う。
取り上げられているのは次の10曲で、それそれの章の内容を自分なりに消化したものも加えてみた。
・ヴィヴァルディ「四季」~ワンパターン作風について。それがいいとか悪いじゃなく、その成果や影響
・ショパン:練習曲「革命」、夜想曲など~ショパンの真の革命性について
・バッハ:トッカータとフーガニ短調~本曲がバッハの真作というより「原曲バッハ作曲。オルガン用編曲(編曲者不詳)」かも知れない、ということからくる芸術受容の価値判断基準の少しばかりの曖昧さ
・手に汗握る、と言ってもいいようなベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ(ヴァイオリン・ソナタ第9番」作曲の経緯+トルストイの小説『クロイツェル・ソナタ』
・モーツァルト:歌劇『ドン・ジョヴァンニ』~18世紀後半のオペラ作曲の様式的なことと自筆譜について
・ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」~音楽が「美しいもの」であるのをやめるとき
・ヒルデガルド「おお、貴方の教会」~西洋音楽史におけるフェニミズムとかアンチ・レイシズムの問題
・バダジェフスカ「乙女の祈り」~例えばシューマンの「トロイメライ」とではクオリティに大きな差があるが、それだけで楽曲価値が“ない” ことにはならないのは…。
・ドビュッシー:交響詩「海」~19世紀後半から20世紀初めのフランスにおけるジャポニズムに触れながら、ドビュッシーは亜流のジャポニズムじゃなく新たな音楽表現を希求したことを明示
・フレディ・マーキュリー「ボヘミアン・ラプソディ」から考察するハイカルチャーとローカルチャー
著者は現在ロンドン大学ゴールドスミス校の准教授として音楽史概説やオペラ史などを担当されている方、つまりはバリバリの研究者なのだけど、本書ではその学問的裏付けに基づきながらも、それをおもてにあからさまに出すことなく上記10曲について分かりやすく記している。その見事なこと。
個人的にだけど、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』においてあまり魅力的な登場人物とは思えないドン・オッターヴィオになぜああも甘美なアリアが2曲も与えられているのかが了解できて(p.124)大きな収穫だった。
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