散文詩のような小さなカタリのような話しが9篇収録されています。
第43回高見順賞に輝く第二詩集。ということでこれは、小説というよりも現代詩のように展開します。
鎖骨と鎖骨の窪みの部分の「水瓶」を捨てにいく16歳の少女を描いた表題作である長編詩「水瓶」を始め、より豊潤なイメージのレイヤーをかさねに重ねて尖鋭に尖端から中心までを言葉によってときはなつ。無意識下の沈黙を長編の散文詩で実験しているかのごとくです。以下が9篇のタイトルです。
●戦争花嫁
●治療、家の名はコスモス
●バナナフィッシュにうってつけだった日
●いざ最低の方へ
●星星峡
●冬の扉
●誰もがすべてを解決できると思っていた日
●わたしの赤ちゃん
●水瓶
最初のタイトルが「戦争花嫁」です。12ページの紙の分量に41回「戦争花嫁」という文字が刻印されます。
不意に戦争花嫁がやってきて……
ひっそりとした名づけの祝着。戦争花嫁。戦争花嫁という言葉は女の子の綿のノートに記録される。
戦争花嫁は骨のすきま、もう少し強くしてほしかった。……とまぁーこんなふうにざっと数えて41箇所です。
「戦争花嫁。即座に意味は起立しないけれど、女の子はこうも思う。意味のないものは意味のあるものよりも人を傷つけるということは少ないのじゃないの」──本文より引用。
ここにその「戦争花嫁」の意味を無意味に検索してみた。(笑)。
戦争花嫁(せんそうはなよめ、英: war bride)は、戦時中に兵士と駐在先の住民の間で行われた結婚に言及する際に使われる言葉で、通常、兵士と結婚した相手のことを指す。主に第一次世界大戦、第二次世界大戦中のものを指すが、他の戦争も含む。日本では昨年映画『War Bride 91歳の戦争花嫁』が公開されている。──以上はWikiより引用。
《戦争花嫁》という概念をもつ主人公が様々にその意味を変容させ、9つのものガタリにそれぞれ名状を留保したままに現出、幻出する。
「死ぬことにはふたつのこわさがあるものです、消えてしまうことへのこわさ、残ってしまうことへのこわさ、どちらかをこわがる人々がその怖さを競いあうせいで、そのどちらもこわがってはいない人たちがこれまでたくさん死んできた」──『水瓶』より引用。
ここで表現されている生と死の問題は心身一元論や二元論から現出し、無元論へと幻出するかのようである。 孕まれた赤ちゃんは、頭に銀色の鋭い歯をもつ。しかし「ミース」
と呼ばれる不思議なイキモノに喉の石を盗まれ、食べられてしまう。
あなたは 「あれかし 」をおもちじゃなかった、縁がなかった、だからこんなになるまで、このままだった。
戦争花嫁でもある彼女は赤ん坊の頭の歯に息を吹きかけてレモンの種で毎日必ず7分は磨きをかけて、抱きしめた。
そしてラストにおいて 指の毛が無垢とじゃらが連弾と茂っている黄色の本屋の店主が現出し、「この本屋から森にゆこうとする客はじつに6年ぶりのことである」と……幻出するかのように嘯く。今、この「世界」から戦争花嫁も花婿もそしてその赤ちゃんも現出しない世界の到来をこの森への道筋にもとめて……。
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