家から出ない安楽椅子探偵が、助手を現場に派遣して事件の全容をつかみ、最後に関係者全員を集めて謎解きをする、殺人ミステリの王道を行くスタイルなのだが、表紙カバーのイラストが無気味で、ホラーか何かと勘違いされて敬遠されてしまいそうだ。ミステリ好きの読者はどうか安心して読まれるがいい。とんでもなく面白いことは保証する。
しかし、ただのミステリではない。まず、移動は馬、通信手段は鳩ならぬ「伝書鷹」、武器は腰に下げた剣という、西欧中世あたりを思わせる、神聖カナム大帝国辺境地帯が舞台。そう聞くと歴史小説みたいだが、雨季になるとリヴァイアサンという巨獣が深海から浮上し、帝国東部に幾重にも巡らした堡塁を襲うというのだから、これは架空の帝国。つまり、ミステリでありながら、ハイ・ファンタジーなのだ。
帝国は軍を派遣し、大砲、巨砲で応戦することで臨海防壁を防御してきた。ところが、今回は東海岸の一部で防壁の一部が崩れ落ち、巨獣はそこをめがけて「突破」をかけてきた。そんな非常事態下で、事件が起きる。地主貴族の屋敷で客が死ぬ。ただの死ではない。からだのなかで植物が芽を出し、一気に枝を伸ばして根を張り、人を引き裂いて成長し、根は床下に枝は天井を突き抜けているというから恐ろしい。
政府は凄腕ではあるが変人の司法省捜査官アナを送り込む。アナは感覚が鋭敏過ぎて外に出られない。今回は捜査官助手見習い中のディン・コル中尉が現場に向かう。帝国には、各種技能を持つ人材に、巨獣の死骸から生えた植物から抽出した薬液その他を使って人体を改変した卓越者という存在を各部門に有している。コルもその一人。見たもの聴いたこと、匂い、触感と五感をフル稼働し、それを記憶に留め、捜査官に報告するのが記銘師の務めだ。アナはそれをもとに事件を解決してゆく。
この人体改変や蔓性植物や羊歯紙でできた建築、その他諸々の次々と繰り出されるSF的なギミックが、単なるミステリを読むのとは異質の読書体験をもたらす。それでいて、およそ国家というものができ、階層が生じると、そこに腐敗堕落が起きるのは、いつどこの世界でも同じで、人間の欲が善や正義を脅かし、世界は悪や汚濁に飲み込まれることになる。ハイ・ファンタジーの世界であるのに、今と通じるリアルな世界観が作品に幅と深みをもたらし、情味あるキャラクター造形と相まって、得も言われぬ読書体験を約束してくれる。世界幻想文学大賞、ヒューゴ賞受賞の傑作ハイ・ブリッド・ミステリの誕生である。
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