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なんといっても面白いのは、少女時代に戦争を体験した4人の女性たちが、男社会だった出版界に飛び込んで、翻訳に携わり、読み継がれる数々の名訳を残してきたその足跡を、丁寧なインタビューを基にたどる第一部。

  • 翻訳する女たち:中村妙子・深町眞理子・小尾芙佐・松岡享子
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  • 出版社:エトセトラブックス
翻訳する女たち:中村妙子・深町眞理子・小尾芙佐・松岡享子
翻訳家として活躍する女性は多い。
そこには翻訳業だけではなかなか食べていけないという報酬問題もあると思われるが、それは一旦脇に置き、話はかつて、翻訳者も編集者もそのほとんど男性だった時代に遡る。

中村妙子、深町眞理子、小尾芙佐、松岡享子(以上敬称略)。
少女時代に戦争を体験した彼女たちが、男社会だった出版界に飛び込んで、翻訳に携わり、読み継がれる数々の名訳を残してきたその足跡を、丁寧なインタビューを基にたどる第一部は、光文社古典新訳文庫ウェブサイトの連載「“不実な美女”たち」(2014年〜2018年)に大幅な加筆、修正を加えたものだ。

続く第二部は、書籍化にあたって書き下ろされたもので、執筆当時既に故人となっていた加地永都子、寺崎あきこ、大島かおり(以上敬称略)がフェミニズムの思想とことばを日本に紹介してきた面々として取り上げられている。

なんといっても面白いのはやはり第一部。
戦禍の中にあっても本を読み、物語を愛し続けた少女時代、女が学ぶこと、働くことが当たり前でなかった時代、ネットもパソコンない時代の先人たちの苦労話としても読むことができるが、翻訳家たちの思い出話が興味深い。

たとえば、中村妙子さん。
私にとっては『春にして君を離れ』の訳者として印象深い翻訳家だが、結婚によって中野好夫さんと義兄妹の関係になり。共訳もしていたという。
その共訳作品の訳者あとがきで、中野好夫さんがこんなことを書いている。

 中村妙子との共訳ということだけには、一言釈明をしておきます。もちろん、訳出はすべて妙子の労で、わたしはただ校正刷を一読しただけです。まったくといってもよいほど筆を加える必要はあちませんでした。…(中略)出来栄えのすぐれたところはすべて彼女の手柄です。まちがいのないよう、つけくわえます。

(いやなんか、いいなあ、すごく良いなあ)と思って、先に進んでから思わず、戻って再度読み返してしまったのは、続いて紹介される深町眞理子さんの下積み時代の話が、なかなかにすごかったからでもある。
翻訳を学ぶための学校などがない時代の話でもあるし、時代が時代だからというのもあるだろうが、程度の差こそあれ、下訳を手がける翻訳家さんたちの苦労がしのばれるのだ。

もっともそんな中野好夫さんにも、ゲラの誤植が多いとこぼした妙子さんに対し「あんな汚い字じゃ、印刷屋がまちがわないほうが不思議だ」と怒ったという、思わず苦笑してしまうエピソードもあったりする。


ミステリを訳したかった小尾芙佐さんは当時引き受け手がいなかったSFばかりを回されて、SFマガジンの同じ号に複数作掲載されることもあったが、同じ名前ではマズイと3作載ったら、それぞれ別のペンネームを使ったとか。
愛着を捨てきれなかったミステリの翻訳も少しずつ手がけられるようになった頃にであった『アルジャーノンに花束を』の話も興味深く、私はきっとこの先ずっと『アルジャーノン…』を目にするたびに、小尾さんのことを思い出してしまうに違いない。


図書館運動や家庭文庫の活動から翻訳の世界へと足を踏み入れた松岡享子さんの話の中に家庭文庫活動の先駆者でもある石井桃子さんの姿が垣間見られることも興味深い。

中でもファージョンの『町かどのジム』の翻訳を依頼されたときのエピソードはすごい。
編集者からそれまでファージョンの他の作品の翻訳を手がけている石井桃子さんに監修していただくか、共訳にするか、先生の名前を出したいと打診されたのに対し、松岡さんははっきりきっぱり「そういうことはしないでほしい」と申し入れたのだそう。
果たして松岡さんの真意は…
そしてその後の顛末は…
p203あたりに載っているので、興味のある方は要チェック!


  • 掲載日:2026/05/11
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