本作を知ったのは、たぶん誰かの書評です。積読が長くなりすぎて忘れてしまいました。評判の高い作品です。著者の代表作の一つです。裏表紙の紹介では、究極のラブストーリーで、衝撃の結末が世界中の読者の感動をよんだと書いてあります。
んー。そうですかね? 究極のラブストーリーというとベタ甘系を連想するのですが、この作品はむしろ硬質といってもいいような雰囲気があり、ラブストーリーの印象はありません。むしろ恋愛場面は少なく、愛情に裏打ちされた無限の信頼があるからこそ、この物語は生命力を持っていると思うのです。
衝撃の結末というのも、なんだか叙述トリックでもありそうなことを連想しますが、こちらも全くそんなことはありません。つまり、裏表紙の紹介に、わたしは全然共感できなかったのです。本を選ぶときに裏表紙を参考にすることがあるので、皆さんのお役に立てば幸いです。
さて、内容を紹介しますね。複数の語り手がいます。神視点的な雰囲気があり、海外文学らしい特徴です。翻訳のおかげなのか文章が読みやすい一方で、文体や会話文が冗長的です。総じて、翻訳文学を読みなれている人に向いている作品です。
最初の語り手はブライオニーです。十三才の夢見がちな少女。劇の台本を作っています。従姉とその双子の従兄弟が一緒に暮らすことになり、家族劇を上演しようと考えたのです。題名は「アラベラの試練」。でも、リハーサルが思い通りにいかなかったことで、ブライオニーがかんしゃくをおこしてしまい、残念ながら上演されずに終わったのでした。そして、それが事件の入口になってしまったのです。
題名の贖罪。罪の内容は明白ですが、償いが進まないもどかしさの中を、読者は進んでいきます。なぜ償いが進まないのか。罪は、目に見える単純なものから始まったのですが、悪意があったのか、別の感情が罪を引き起こしたのではという、道義的な罪を誘発していたからなのでした。人間関係の軋轢が底流にあることが、この物語の主題の一部なのだとおもいます。
すっきりするかと言われれば、どうでしょうかという答えになります。罪の償いに文章が多く割かれていますが、著者が書きたいことは赦しではないかと思ったのです。書評を書こうと思って頭を整理していたら、その言葉が浮かんできました。キリスト教の精神世界を垣間見た気分になりました。共鳴する人はいると思います。
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