何度目かの読み直しです。
初めて読んだのは高校生の頃でしたが、今の方がぐっと染みてくる感じがする作品が多かったように思いました。
それではいつものように収録作からいくつかご紹介です。
○ 長距離走者の孤独
主人公は感化院に収容されている少年です。
反抗的で、更生意欲に乏しく、自分勝手な理屈で生きているような少年。
彼は、院長から長距離走をやらないかと誘われます。
「走るのは嫌いじゃない。何て言ったっておまわりから走って逃げなきゃなんねぇだろ?」
というわけで、彼は毎朝2時間、他の収容者がまだ寝ている時間に一人起き出して長距離走の練習を続けていたのです。
彼は、大会で優勝することを期待されていました。
「優勝だって? あんなちっぽけな青いリボンの切れっ端をもらうためにか?」
実際、彼は速かったのです。
大会ではどんどん順位を上げていき、遂に一位に立ちます。
でも、彼は優勝なんかしてやるもんかと考えています。
「院長は誠実になれって言ったっけ。俺の誠実っていうのはこういうことだ。」
彼はトップで戻ってきたにもかかわらず、2位の選手がやって来るのを待ってゴール前で立ち止まってしまいます。
観客や感化院の仲間達は「走れ!走れ!」と大声で叫んでいます。
「まったく、あの野郎(彼が追い越した2位の選手です)はいつまで待ってやったら来るんだ。」
○ アーネストおじさん
主人公のアーネストは年老いた椅子職人です。
決して裕福ではなく、みすぼらしい身なりをして、たまに入る工賃でビールを飲むのがせいぜいという暮らしぶりです。
自分の過去の人生に誇れるようなことはなく、まるで霧の中に埋もれているようだと思います。
この先の人生のことを考えたって、やっぱり霧の中だと思っており、生きていく喜びや張り合いなど何も感じなくなっていました。
ある日、遅い朝食を食べに店に入ったところ、幼い3人の子供達が店に入ってきました。
3人はお茶を飲み、お菓子を食べていました。
聞くとはなしに3人の会話を聞いていたところ、小さな女の子は帰りのバス賃を使ってしまっても良いのでもう一つお菓子を食べたいとねだっており、一番上の姉はそれを叱っている様子でした。
しばらくすると年下の子が泣き出したのです。
「どうしたんだい?」と声をかけ、たまたま持っていたお金で子供達にお茶とお菓子をご馳走してやりました。
話を聞くと、どうやら子供達は母子家庭のようで、母親は働きに出ているものの十分な食事もできていない様子です。
アーネストは、自分は毎週この店に来ているから、何か食べたくなったら来ると良いと言ってやります。
その後、子供達はアーネストを頼って店にやって来るようになりました。
アーネストも、子供達の世話をすることが楽しくなり、自分の生活費が苦しくても子供達には何でも食べさせてやりました。
ある時、いつものように子供達に食事を与えていたところ、店にいたいかめしそうな2人連れの男達が近づいて来ました。
「あんたはあの子たちとどういう関係なんだ?」
○ 漁船の絵
主人公は郵便配達夫でした。
結婚したのは勤め始めた年です。
だって、仕事に就いたら結婚すると彼女と約束していたから。
周りの者たちは、2人は5分もしないで別れるだろうと言っていましたが、結局6年間も連れ添ったのでした。
男は穏やかな性格で、本を読むのが好きでした。
今日も仕事から帰ってきて、静かに本を読んでいたのです。
でも、妻は字が読めず、本ばかり読んでいる男が理解できませんでした。
妻は男を罵り、図書館から借りてきた本に火をつけて燃やしてしまいます。
翌朝、妻は「戻らない」という置き手紙をして、ペンキ屋の男と駆け落ちしてしまったのです。
男は、妻を捜しはしませんでした。
それ以後、一人で郵便配達をして暮らしていたのです。
それから10年が過ぎたある夕方、突然、妻が男の家にやって来ました。
言葉少なくぽつぽつ話すところによれば、駆け落ちしたペンキ屋は亡くなってしまい、今は一人で仕事をして生活していると言うのです。
妻は、壁に掛けてあった漁船の絵を見て、「いい絵ね」と言います。
こんな絵が好きなら持っていけば良い。
男は、郵便局の一番良い包装紙と紐を使って絵を包装して持たせてやりました。
それから2.3日した日のこと。
男は郵便配達途中に、質屋に漁船の絵が飾られていることに気付きました。
妻が売ったんだ……。
男は、質屋の言い値で絵を買い戻し、家の同じ場所に絵を掛けておきました。
それからしばらくして、妻がまた訪ねてきました。
壁に掛けられている絵を見ても何も言いません。
ですが、別れ際に小銭を貸してくれと無心するのでした。
それ以来、男は時々訪ねてくる妻にねだられるままに金を貸してやり続けました。
男は、妻が望むのならまた一緒に暮らしても良いと思っていたのですが、妻からはそんな話は一度も出ませんでした。
そんな関係が6年も続いたのです。
ある時、妻は交通事故に遭って亡くなってしまいました。
妻の葬儀に出た男は、一人の泣いている男に気が付きます。
シリトーが描く登場人物は、きれいごとなしのリアルな存在に感じられます。
貧しい者は貧しく、弱い者は弱く、悲しい者は悲しい。
決して飾らない、そのままのやるせなさがひたひたと押し寄せてくるようです。
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