冒頭の「山椒大夫」は子供の頃に祖母が寝物語に語ってくれた。
ストーリーはうろ覚えだが、最後に老母が歌う一文だけが記憶に残っている。
「あんじゅ恋しやほーやれほ、ずしおう恋しやほーやれほ」
改めて読んでみて、どうしてこんな悲しい話を寝物語にしたんだろうかと思ったりもしましたが。
すべては仏様の導きに、みたいな意味だったのかもしれません。
この短編集の中では、「高瀬舟」が一番普遍的なものを扱っているだけに印象に残る。
罪人を島流しにする舟の中で、ひとり沈んだ様子もなく舟旅を楽しんでいるようにも見える男がいた。
その態度を訝しんだ役人は、彼にどのような罪を犯したのかを問う。
兄弟二人で身を寄せ合って生きていたが、男の弟が病気になって働けなくなった。
それを苦に首を切ろうとしたが死にきれない。
そこへ帰ってきた男に血まみれの弟は止めをさして欲しいと頼む。
何もしなくても死んだであろうが、苦しんでいるのを見てられずに手を下した男は罪に問われるのだろうか。
だがこれが現代でも自殺幇助で罪になるな。
安楽死さえ手つかずの問題だし。
そして罪人として流されてもなお男が満足していることに、役人は自らを省みて人生について考える。
罪とは何か、幸せとは何かを問う作品だった。
「阿部一族」は「興津弥五右衛門の遺書」と表裏一体となっているかのような作品だ。
遺書の方が武士の名誉ある死としての殉死を描いたものならば、阿部一族は名誉のために壮絶な一族滅亡を遂げる話だった。
幕末に津和野藩の典医の子供として生まれ、明治から対象に生きた鴎外にとって武士の世界はやはり身近に存在したものだったのだろう。
死ぬために存在するとまでは言わないが、死に場所を求める存在ではある。
そんな独特の武士の世界を否定するでも肯定するでもなく、その心情に分けいって描きだしたのが鴎外の作品だった。
歴史の教科書で乃木大将の殉死について読んだときに感じた疑問の答えがここにありました。
「佐橋甚五郎」は家康の時代に、家康に仕えていたものの出奔し韓人として家康の前に現れた男の話だった。
作品解説では、この作については格別書くべきことはない、の一文で終わっている。
だがどんな困難な任務を与えられても冷静にやり遂げ、その冷酷さを主君が嫌っていると看過するや姿を消してしまう。
こんな強さと逞しさを持って社会の枠にはまらない男は魅力的ではないだろうか。
唐の時代の女の悋気を題材にした「魚玄機」、ふとしたはずみで起きた事件のために生き分かれていた夫婦が白髪頭になってようやく再会した話である「じいさんばあさん」、それにちょっとした横領事件で死罪を言い渡された商人の娘を描く「最後の一句」と、どれも含蓄のある話が並びます。
最後の「寒山拾得」は鴎外の子供と同じようによくわからなかったが。
いつか読み直した時にこの意味に納得する日が来るのかな。
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