フランス北部の田舎にある精神病院。そこに留学生として勤める日本人医師。季節は冬。何という寂しい、孤独な設定でしょうか。作者自身精神科医でフランスに勤務した経験があるということですから、おそらくは作品に描かれるような異邦人としての孤独を味わいつくしたのでしょう。
作品が発表されたのは昭和42年で、当時の留学や海外旅行の事情が現在と比べてどうだったのか、当時を知らない私にはわかりませんが、主人公であるコバヤシがフランスへ渡るのに船を利用していることから、今よりもずっと時間のかかる長旅であったことは容易に想像できます。
休暇を利用した一時帰国などということも、簡単にできることではなかったでしょう。留学生や旅行客も少なく、現在のようにテレビやインターネットなどのメディアから外国の情報を得るなどということも一般的ではなかったでしょうから、現地のフランス人にとっても日本人を見る機会などほとんどなかったはずです。ましてやここはパリではなく、買物をするにも不便な、聞いたこともない田舎の町なのです。都会と田舎の格差も、今よりもっと大きいはずです。
しかもここは精神病院。医師たちもみな同じ敷地内で生活する、非常に閉鎖された社会です。自ら望んでその地を訪れたにも関わらず、訪れたその日から精神に異常を感じ始めるコバヤシの気持ちは、苦しいほどによくわかります。
物語に事件性は少なく、描かれるのはひたすらそんな個々人の孤独や悩み、行き違う感情です。読んでいて一番苦しかったのは、コバヤシが大雪の中人気のない場所で交通事故に遭う場面です。ケガをしながらも助けを求めて歩き、ようやく見つけた人のぬくもりに、苦しさでうまくフランス語が話せない彼は、ことごとく拒否されます。同じフランス人であればこんなことはなかったでしょう。決して彼らの心が冷たいのではない、ただ彼が異邦人であるということなのです。
この暗い作品にも、明るい要素は存在します。コバヤシと同じ病院に勤める医師のエニヨンとその家族です。エニヨンは、ひたすら患者の治療のために仕事に情熱を注ぐタイプで、同じ医師の妻と5人の子どもたちがいます。私には、患者のそばにいるのは自らの「黒い炎」のためなどと言うクルトンについては全く理解できず(作品はこの「黒い炎」のために大きくページが割かれています)、エニヨンのような医者の方がずっと親しみがわきます。
しかし、エニヨン一家の存在は物語のオアシスとはなり得ません。彼らの暖炉のようなぬくもりは、コバヤシやクルトンの暗さをいっそう際立たせ、寒い冬の夜にほうりだされた異邦人が、決して入れてはもらえない、幸せの象徴のように見えるからです。
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