スミコは4月が大好きだ。南カリフォルニアの風に吹かれた“クサバナ”が、良い香りを一面に漂わせるから。このあたりの花農家では、温室ではなく畑で栽培する花のことを“クサバナ”と呼んでいる。スミコもおじさんの花畑の手伝いをする。おじさんの夢は、いつかガラス張りの温室を建て、カリフォルニアで一番美しいカーネーションを育てること。
物語の舞台は1940年代のアメリカ。12歳のスミコと弟は事故で両親を失い、おじ夫婦に引き取られた。若い頃アメリカに渡ったジイチャンとふたりの従兄、花農家を営む一家7人の穏やかな明け暮れは、真珠湾攻撃を境に激変する。
戦争が始まるとすぐに、ジイチャンとおじさんはノースダコタの捕虜収容所へ送られた。やがてスミコたちも、農地を追われアリゾナの仮収容所へ。トラックに乗せられて花畑を後にする時、スミコにはこれまで大好きだった色やにおいがあらためて愛しく感じられるのだった。
収容所暮らしの中でも、日系人たちは砂地を耕し畑や庭を作る。花を咲かせガーデニングコンテストも開いてしまう。どんな時にもユーモアを忘れないジイチャンからの手紙、涙のクリスマスと“きよしこの夜”の大合唱、インディアンの少年との淡い初恋、隣人との心の交流。アメリカで生きてゆくために日系人部隊に入隊し、戦地へ向かう従兄たち。数々の小さなエピソードは、苦難に負けず生きるとは、誇り高く生きるとはどういうことかを伝える。
先の見えない日々の中でスミコは気付く。「ジイチャンがアメリカに来たのは、自由のためじゃない、未来のためだ。」しかも自分の未来じゃなく、これから生まれてくる家族の未来のため。
戦争に至る前にも差別があり、戦時にはそれまでに築き上げた全てを奪われた日系人たち。だが、この物語に出てくる人たちは決して卑屈にならない。心の繋がりに支えられ、明日を生きようとする。不思議に明るく、切なくも優しい物語だ。彼らの苦難の中からは、愛と勇気が立ち上る。
この書評へのコメント