桜の木には、青年がよく似合う。
少年の細さ、青さを脱ぎ捨てつつ大人になりきれぬ、そんな青年が佳い。
桜に、女は似合わない。
桜とは、結実を期待する木ではないからだ。
ただ、絢爛と咲き誇って、散っていけば良い。その様が美しければ言う事がない。
愛でられる為だけに咲き乱れ、そして散っていく。
桜が何を望んでいるのかなど、桜を愛でる者は決して考えはしない。
桜は、贄だからだ。
武蔵野にひっそりと営まれる宿がある。
世間を憚る逢瀬や忍びごとのために使われる隠れ宿、『左近』。
女将の長男・桜蔵(さくら)には、妖しいモノを拾うという癖がある。
いや、妖したちが、否応なく桜蔵に惹き寄せられてしまうのだ。
本に巣食う蠱
死人を迎えにくる鵺
背に蝶の斑紋を写し付ける男
情人の家の鍵を取り戻しに来る死んだ男など
花や蠱や死人などのこの世ならざるモノたちが、入れ代わり立ち代わり桜蔵の前に現れては彼を翻弄し、
そのからだを通り抜けていく。
まるで、彼が現世と幽世の「門」とでもいうように。
男が美しいのは一瞬だ。
少年では青すぎる。
大人では粗すぎる。
少年と大人のあわいの一瞬、その一瞬の時間は、きっとヒトの為のものではない。
ましてや女の為のものでは。
その一瞬は、妖したちに、贄として供される為の時間なのだ。
桜蔵自身は、自らを至って普通の男子だと思っている。
やんちゃな可愛い弟があり、逢引宿を営むさっぱりとした母親があり、本妻をもつ戸籍上の――あまり普通とは言えない――父があり、一つ年上の恋人のような女がいて、豪放磊落な幼馴染がいる。
しかし、読者には桜蔵が異質に見える。
現世と幽世、はたしてどちらの世界が彼に似合っているのか。
そもそも、彼はどちらの世界の住人なのか。
幻想的で蠱惑に満ち、濃厚で香しい死の気配に溢れた、春の宵闇に相応しい短編集。
二作目
「咲くや、この花」
三作目
「さくら、うるわし」
この書評へのコメント