2013年に上梓された絲山秋子のこの短編集は、2011年の東日本大震災が背景にあるようだ。震災自体を描くことはないのだが。そのうち3篇を紹介します。
「強震モニタ走馬灯」では主人公の独身女性が最近離婚した小中学校の同級生に会いに行く。主人公は会社の同僚にツイッターやフェイスブックへの登録を勧められやっては見たが、直ぐにやらなくなった。元同級生に聞くと、危ないからやらないと答えが返ってきた。(ツイッターが広まったのはこの頃だったらしい。僕もやらないからよく解らないが。)
その同級生は結婚していたがセックスレスで最近離婚した。自宅では毎日ディスプレイで強震モニターなるものをずっと見つめている。そのモニターでは日本中の地震の強度と加速度をリアルタイムで見ることができるとか。
「ニイタカヤマノボレ」の主人公は20代の女性で、彼氏に、お前はアスペスガーだ、脳の障害だからこの本を読んで直せ、などと言われ、結局別れることに。彼女のアスペスガーの根拠として相手の気持ちを忖度しないことが挙げられている。そうなのかもしれないが、アスペルガーは障害とはちがうだろう。少なくとも直せるようなものではないだろう。それが彼氏には解っていなかったようだ。
主人公には亡くなった年上の従弟がいた。彼は就職しても長続きせずに家族から困りもの扱いされていたが、主人公とは気が合った。彼もアスペルガーだったかもと主人公は思う。
(実は僕自身、自分はアスペスガーではないかと思っている。そういえば僕の母方の祖父は就職しても長続きせず職を転々としたらしいが、最後には兜町に出入りする相場師になったとか。儲けたこともあったとかで、意外に頭のよい人だったのかも。アスペルガーは遺伝性があると言われているので、僕の祖父もアスペルガーだったかも。この小説の主人公には親近感を持った。)
「NR」は営業職の男性二人組が主人公だ。彼らは直属の上司と部下だが年齢は近い。その職場では、最近になって、外勤から直接帰宅する場合には行き先のボードにNRと書くようになった。ノー・リターンの意味だとか。
二人でいつもの電車に乗り東京から郊外の町へ向かうが、気が付くと電車の止まる駅の名前が見覚えのないものなっている。駅名が橙高原とか膝島とかなっている。いつもの電車に乗ったのに何かがおかしい。お客の事務所にたどり着けないのでキャンセルの電話をしても相手に通じない。その電車の終点は浦和ではなくて童(わらわ)だという。二人はもう元の世界には戻れないと理解する。なにしろボードにノー・リターンと書いてしまったのだから。
この小説では先輩社員が買ったばかりのスマートフォンのタップやスクロールが上手くできなくて、諦めて鞄に仕舞うシーンがあった。2011年の大震災の前後からスマートフォンが主に若者の間で使われるようになったのを思いだした。(僕は未だにらくらくホンのユーザーでスマホは使っていませんが。)
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