西洋怪物の歴史かと思ったのだが、もう少し深い。
モンスターを「異形の者」という括りで捕え、
旧石器時代から現代までの概略と概念が書かれている。
や、おおいに期待を裏切った面白さだった。
モンスター、一般に化け物・怪物などと訳される。
日本ではやはり「妖怪」が真っ先に浮かぶが
これを「モンスター」と訳すと多少趣が違うように思う。
日本の妖怪は具象や身の回りの品に宿るものであり、
「恐れ」より「畏れ」の意味合いがある。
西洋において「モンスター」は神に反逆する存在であったり、
神の与えた予兆や警告であったりする。
この辺は恐らく宗教観の違いなのだろう。
なんでもかんでも神様にしてしまう日本と違い、
絶対の神の存在には「モンスター」にすら定義づけが必要なのだ。
故に宗教や哲学、生物学者が「モンスター学」とでも言うべき
「異形」への理論を多く展開させている。
それが時代によって変化しているのが、また興味深い。
言うなれば「モンスター」は最初「ただ恐ろしいもの」であればよかった。
が、神の世界にワケのワカランものは存在してはならんのである。
モンスターすら、神の意図で生まれたものでなければならない。
戒めやライバルのような「必要悪」となっていく。
ここで悲しいのは、それは「想像上の怪物」だけでなく
「欠陥・余剰をもって生まれた者」が含まれていることだ。
障害をもつ者を見世物にするような時代が在ったのは、
偏った宗教道徳が許していたとも言える。
(宗教の違う国もあるから、そればかりが理由にはならないが)
が、科学や生物学が進歩すれば当然、病因や因果が分かってくる。
「異形の者」はモンスターではなくなってくるのだ。
この本には映画も多くの例示としてあげられているのだが、
「エレファントマン」や「フリークス」のような作品がそれだという。
※エレファントマン…奇形の姿で生まれたジョン・メリックの生涯を描く
フリークス…見世物小屋の実際のスターを起用したことで話題になった
また以降、モンスターはサイコパスのような精神的なものであったり、
とりあえず宇宙から来るもの(笑)になったという指摘も面白い。
もしくは突然変異からヒーローにすらなっている。
それは確かに「異形」という者への、
世間の受け容れ方の変遷とも言えるのだ。
が、モンスターは果たして「異形の者」を差すのだろうか。
宗教にしろ映画にしろ、確かにモンスターは
恐れられながらも「求められる」存在であるとも言える。
著者は戦争や虐殺を例に挙げ、排除された方でなく
排除した側こそが「モンスター」だったと述べる。
モンスターは異形の者ではなくなった。
が、すぐそばにいるかもしれないからこそ──「怪物」なのやもしれない。
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横書きの上に章のまとめ順がよくなく、多少読み辛い部分もあるが、
現代に分かりやすい「モンスター学」として楽しめた。
(※映画や資料等の写真もあるので苦手な方はご注意)
蛇足だが、「モンスター」でぐぐると
某エナジードリンクとゲームのモンスター画像がごんごん出て来て、
今はすっかり語彙としては変わったのだなと思った。
今日も日本は平和です。
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