誰もが認めるベストセラー作家による紀行随筆です。刊行時には、宮部みゆき唯一の小説以外の本などといった売り文句を聞いたことがありますが、たしかに、「前口上」では「わたくし宮部みゆきの初めての小説以外の本」、「文庫版のためのあとがき」では「ミヤベにとっては唯一の小説以外の本」と宣言されています。そういえば、この後もエッセー集をみたことはないです。
江戸東京を舞台にした街歩きエッセーは多々ありますし、時代小説作家によるものもあります。ただ、現代ものでも、時代ものでも、江戸東京の下町を舞台にすることが多いこの作家にとっては、本書は「あってよい1冊」でしょう。
2001年の文庫化ですが、連載そのものは「平成ヒトケタ」の『小説新潮』誌上です。出版不況どこ吹く風といった印象の、作家と編集者とののんびりした道行きもさることながら、デビュー10周年という「宮部みゆき」の写真も文章も「若い」のが印象的です。
ちょうど連載と同じ頃に熱心に読んでいたのですが、「若手」という目では読んでいなかった記憶があります。最初から、現代ものも時代ものも「渋さ」を感じさせる作風でしたが、本書の取材時はまだまだ若手だったのですね。
本書で取り上げられているコースは、吉良邸から泉岳寺までの赤穂浪士の道程、市中引き回しの道順、箱根旧街道、江戸城一周、八丈島、本所七不思議、伊勢神宮、地元・深川といったものになります。八丈島はやや異色ですが「江戸の流人」という名目で足をのばしています。ほぼバカンスですが。
「お徒歩(おかち)」を売りにしているわりには、諸般の事情で歩いていない部分も少なくなく、早駕篭と称してタクシーも使っています。まちあるき指南書としては物足りない部分もあるというより、まちあるき・散歩ものは大先達が多すぎます。残念なのはカメラマンが同行したわりには写真がやや少ない点でしょうか。連載時分からは、多少割愛されたのかもしれません。
目を惹くのは、それぞれの冒頭にふされた道程を記した地図です。おそらく手書きでトレースしたものなのでしょう。それゆえか、とても見やすいです。元々大きいものをだいぶ小さくしたためか、字が小さくなってしまっていますが、「見て心地が良い」という仕上がりです。本文地図作製は「松本哉」と記されています。
個人的に気になっていたのは、『本所深川ふしぎ草紙』を著わしている作家だけに、本所や深川の部分です。「本所七不思議」といっても、諸説があるというのはよくある話かもしれませんが、自作とからめてもっと深堀りして欲しかったところです。
印象的だったのは、作家の地元愛と地元知らずが共存している部分です。
海外旅行なんてしたくないと断言するばかりではなく、本書では地元愛を積極的に語っています(本書にも収録されている連載前の単発企画のタイトルの1つが「いかがわしくも愛しい町、深川」です)。小説ではこうしたことがなかなか知り得ないだけに新鮮でした。
小説では微細な描写を見て来ただけに、「地元知らず」の件は意外でした。三代続く深川っ子だそうですが、連載前の単発企画「剣客商売『浮沈』の深川を歩く」では、「地元っ子の地元知らず」と自身で書かれてしまっています。
この書評へのコメント